全てを吹き飛ばす力 北町貫太の物語

2016.11.21 Monday 19:02
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    JUGEMテーマ:読書

     

    本好きを自認する自分にとっての今年一番の収穫は「西村賢太」との出会いである。

    私小説は基本的にはあまり読まないのであるが、西村賢太の小説のもつむき出しの熱量に圧倒されてしまった。

    昨日、今日とで立て続けに2冊を読了した。

    「やまいだれの歌」と「蠕動で渡れ、汚泥の川を」である。

    北町貫太、17歳から20歳までの行状記である。

    孤狼気取りでスタイリスト。しかし、見掛け倒しで小心者。

    働くことが嫌いで、コンプレックスの塊。

    日払い労働で稼いだお金は、その日の内に酒代で消える自堕落な生活。

    家賃滞納を繰り返し、挙句のはてに踏み倒しては夜逃げ同然で彷徨を続ける日々。

    そして、冷酒が入れば、必ず職場において暴言・悪態の数々。

    自己嫌悪にさいなまれながら生きる姿が痛々しく、そして切なさすら感じる。

    この2作は西村賢太の長編小説といわれる2作であり、代表作であると思う。

    貫太の行動は、幼稚かつ短絡であり、10代にして踏み外れた人生の軌道を何とかして修正しようともがくさまな無様ではあるものの、希望を決して失わない姿を応援したくもなる。

     

    思えば、自分自身も貫太に似ている部分がたくさんある。

    貫太ほどではないが、激すれば怒りをぶちまけてきた経験もあるし、深い自己嫌悪に苛まれたこともある。

    上司にこびへつらうこともできず、下衆な気持ちを抱きながら超然と孤狼を気取ってみたことも・・・

     

    あまりに人間的すぎる貫太は社会にうまく順応できぬ存在ではあるが、あながちそれは悪いことばかりでもないだろう。

    学歴社会の落伍者であっても、人生の落伍者にはなっていないという貫太の気概に共感している自分がいる。

    私小説は基本的に自爆小説であると誰かが言っていたが、西村賢太が描く北町貫太の物語は暗いだけではなく、すべての陰湿なものをも吹き飛ばすほどの力を秘めている。自分が心惹かれる理由はそこにある。

     

     

     

    フェイバリットの規準

    2016.10.16 Sunday 18:32
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      JUGEMテーマ:読書

       

      フェイバリットの規準とは何だろうか?

      自分にとって好きな作家とはと問われてその規準になるものとして、自分はその作家の本を10冊以上読んでいるかということを目安にしている。

      その規準をクリアーした作家を列記してみると・・・

      偉大な先人では芥川龍之介、志賀直哉、太宰治。

      現代作家では、松本清張、村上龍、村上春樹、椎名誠、重松清、伊坂幸太郎、西村京太郎、白石一文、柳広司、西村賢太、東野圭吾となる。

      あと数冊で仲間入りを果たすのが、佐藤正午、中村文則である。

      好きな作家が増えていくことは、読書好きにはたまらない幸せである。

       

      今日は、図書館で佐藤正午のエッセイ「豚を盗む」と短編集「スペインの雨」を読了した。

      物語を紡ぐ稀代の作家、佐藤正午のエッセイは淡々とした味わいは伝わるものの、期待していたほどの「シニカルさ」「乾いたウィット」があまり感じられず、出来としては平均的なものではないかと感じた。

      やはり、この作家の魅力は物語、特に長編にある。

      そう思いながらも未読の短編集「スペインの雨」を一気に読んだのだが、読み終えた後でほろ苦さが胸に残る恋愛集であり、佐藤正午らしさは十分に表現されていると思う。手放しで傑作とは呼べないが。

       

      特に印象的だったのは、表題作の「スペインの雨」である。

      恋人がいるにもかかわらず、テレクラで出会った人妻の電話を待ち続けている主人公。

      合言葉は「スペインの雨はどこに降る」。

      プロセスを経ない一夜の恋。

      プロセスがないからこそ余韻が心を締め付ける。刹那だから永遠なのだ。

      主人公の心情に共感を覚える自分が確かにいた。

       

      必要になったら電話をかけて

      2016.10.01 Saturday 21:28
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        レイモンド・カーヴァーが亡くなってから10年以上たって発掘された作品がある。

        短編集「必要になったら電話をかけて」(中央公論新社)である。

        発掘された作品は、彼の名作といわれる作品に比肩するものとは正直いえない。

        訳者の村上春樹もあとがきでこう記している。

        特にタイトルにもなっている「必要になったら電話をかけて」は後の名作の原型ともいえるエピソードが詰め込まれている。

        しかし、カーヴァー自身がこの作品を徹底的に掘り進めていくことよりも、あくまでもスクラップとして再利用しようと考えたのではないかと述べている。

        確かに、最後の一文の皮肉さはカーヴァーの独特かつ乾いた滑稽さというものを表出してはいるが、「頼むから静かにしてくれ」などの傑作に比べて、短絡的で深みにかける大きな一因となっている。

        しかし、逆に現実的に考えた時に、この主人公のとった行動以外にとるべき行動があるのかともいえるのだが・・・

        つまり、現実世界の無味乾燥さを小説世界がどう超えていくかということに小説家の懐の深さというか表現力がかかっているということを改めて考えさせられた作品である。

        そうはいっても、自分はこの作品も好きである。

        抑制された文体から、あたかも無造作に放り出されたような言葉。

        行間にあふれる夫婦の内面の機微。感情の揺れ動き。

        カーヴァーにしか描けない世界が確かにある。

         

        圧倒的なリアリティ 西村賢太を貪り読む!

        2016.07.17 Sunday 22:55
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          JUGEMテーマ:読書

          これだけ同一作家の作品を立て続けに読むというのもここ20年ではなかった。

          その作家とは西村賢太である。

          私小説の新たな旗手といわれている。

          作風は一言でいえばワンパターン。しかし、それでいてひきつけられるのは、会話の切実なまでのリアリティであろう。

          借り物、作り物ではない言葉がずしりとどてっぱらに響くのである。

          特に「秋恵」ものといわれる、同棲相手とのやりとりは秀逸である。

          今日も図書館で創作集のデビューとなる「どうで死に身の人踊り」と「暗渠の宿」を一気読みした。

          大好きな秋恵がそばにいなければ、捨て犬のごとく寂しさに打ちのめされるくせに、生来の短気が高じて、些細な言い争いから暴言・暴力の限りを尽くす北町貫太。

          そのくだりは、同じ男として「何してんだ!」と思いつつも、幾度となく繰り返す後悔に打ちのめされる姿には「バカだな」と思いながらもなぜか共感してしまうのである。どこか憎めない男なのである。

          女性の読者は嫌悪しか覚えないかもしれないが・・・

          暴力に及んだがために、実家に戻ってしまった秋恵を思い、ふと目についた部屋の片隅におかれた秋恵の下着を手にしながら、手淫に及んでしまう姿は滑稽でありながらも、狂おしいまでの切なさを感じてしまうのである。

          和解したあとでも、嘘のつけない貫太はその一切合切を吐露してしまい、結局は変態呼ばわりされ、不貞腐れてしまうのであるが・・・

          女性との関わりだけでなく、時代の流れそのものにうまく順応できないその生き方が彼の敬愛する大正期の作家、藤澤清造に傾倒する根源になっているわけだが、その傾倒ぶりの真摯さに男気が溢れ、その点も魅力となっている。

          図書館を出た後で、新作が無性に読みたくなり書店に馳せ参じた。

          「蠕動で渡れ 汚泥の川を」(集英社)を早速読んでいる。

          空より高く

          2016.03.20 Sunday 17:17
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            数年ぶりに重松清に浸っている。
            今日も図書館で「空より高く」(中央公論社)を読み終えた。
            かつての賑わいを見せたニュータウンの造成地に建つ高校も、入居者が予想を大きく下回った影響を受け廃校が決まるところから物語が始まる。
            熱血教師「ジン」先生の「レッツ ビギン」の掛け声のもと、高校生が最後の花をさかせるべく立ち上がるという、いかにも重松清らしい青春小説である。終わりから始まる物語でもある。
            重松清の小説を音楽に例えるなら、大瀧詠一作曲の「少しだけやさしく」がぴったりだと思う。
            ちょっと落ち込み気味で、テンションが上がらないときにはまるで傷口を優しく包んでくれる包帯のような味わいである。
            登場人物はみな善良な人々であり、言ってみればどこにでもいる普通の人たちである。
            そして、心にちょっぴり不安や悩みを抱えながら生きている。その健気さに共感するのである。
            もしかしたら、重松清が描く普通の善良な人々こそが今の時代には稀有な存在なのかもしれない。
            だからこそ、読んでいて心がほっこり温かくなるのだろう。
            かつての名作「流星ワゴン」「きみの友達」「その日の前に」「疾走」ほどの物語の深みや力は感じられないが、それでも安心して読める、外れのない作家である。
            刺激的なテーマを求める読者には物足りないかもしれないし、昔の青春ドラマの脚本を読んでいるような昭和の匂いを感じさせる作風ではあるが・・・
            とにかく読後感は爽快であり、私は大満足で図書館を出た。

            さつき断景 斬新なクロニクル

            2016.03.12 Saturday 21:33
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              JUGEMテーマ:読書
              今年は1月からなかなかいいペースで読書を積み重ねている。
              今日も図書館で重松清「さつき断景」(祥伝社)を読み終えた。
              断景という言葉は辞書にはない。重松清が考えた言葉である。
              しかし、見事に作品にマッチしている。
              1995年から2000年までの6年間の5月1日という特定の日を切り取って、焦点をあてた3人の主人公をめぐるクロニクルである。
              その設定の仕方が斬新であると同時に、その時代を象徴する事件を背景に物語は語られる。
              3人の主人公の中では、電車一本の差でオウム真理教による都心の地下鉄へのテロ事件であるサリン事件を免れたヤマグチさんに一番共感した。
              「ぼくたちみんな本当は3月20日に殺されていたんじゃないですか?いま、ここにいる僕たちは実は幽霊なんじゃないですか?」
              あの日のテロ事件にしても、東日本大震災にしても生死を分けたものとは大きな違いではなく、紙一重ではなかったのか?
              そんなことを感じる。だからこそ、生き残ったものは、何があっても死んではならない。
              生き残ったヤマグチさんのその思いが、いじめを受けている一人娘「理恵」への次の言葉に表れている。
              「こっちがぎりぎりまでフォローしたとしても、最後の最後に乗り越えなきゃいけないのは、理恵なんだよ。」
              「がんばるしかないんだ。」
              「ひとに勝ったり負けたりとかじゃなくてさ、とにかく生まれたからには生きてもらわなきゃ困るもんな。」
               

              希望の地図 3.11から始まる物語

              2016.03.06 Sunday 20:36
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                個人的に一年で一番苦手な2月を越え、3月である。
                3月に入って実感することは日の暮れが遅くなったこと、そして気温が高くなってきたことである。
                冷たく、寒い冬との決別である。
                そんななか、久しぶりに重松清を読んだ。重松清は自分にとって外さない作家の代表格である。
                このブログを書き始めたころは、それこそ貪るように片っ端から著作を読んでいた。
                最近、読むペースが落ちたのは、重松清が選択する小説のテーマに魅力を感じなくなっていたというのが挙げられる。
                少なくとも、自分にとって刺激的ではなくなっていたのだ。
                だが、久しぶりに読んでみたくなったのは、かねてから気になってはいたものの読めずにいた一冊の本があったからだ。
                「希望の地図 3.11から始まる物語」(幻冬舎)である。
                今年で5年を迎える東日本大震災を前にして、無性に読んでみたくなった。

                まさに一気に読んだ。そして、素直に感動した。
                第2章 希望とはなんだろうの中で「夢と希望の違い」について語られる場面がある。
                テレビコマーシャルでも夢はキーワードとしていろいろな業種が取り上げるが、希望は製薬会社しか用いていない事実が紹介される。
                そして、「夢は無意識のうちにもつものであるけれど、希望は厳しい状況の中で苦しみながらもつものである。」という言葉が静かに胸に迫ってきた。

                被災地を5年前の過去形の土地として見るのではなく、現在進行形の視点でみること。そして、復興に向かう希望の裏にはそれと同等の絶望があるということに想像力を働かせなくてはならないことを感じた。
                前にも記したが3.11の時、自分は突発性難聴を罹患し、自宅療養を余儀なくされた初日であった。
                苦しみの中で大きな揺れを体験し、テレビの映像を信じられない思いで見た。
                だから3.11の苦しみは決して他人ごとでは済ませられないのである。

                村上龍が紡ぐ「破壊」の物語

                2016.01.12 Tuesday 22:48
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                  JUGEMテーマ:読書
                  物心ついてから読んだ本を作家別に分けてみると、おそらく一番多く読んだ作家は松本清張か村上龍になると思う。
                  清張からは推理小説が謎解きの物語ではなく、人間の業を炙り出す「人間小説」であることを学んだ。
                  ここ数年貪るように読んでいる村上龍からは、いろいろなジャンルはあるものの、「破壊」を主題として打ち出している小説のその刺激、いいかえれば物語そのものの爆発的なエネルギーに酔わされてきた。
                  その村上龍のストーリーテラーとしての魅力が開花したといわれているのが「コインロッカー・ベイビーズ」である。
                  いまから36年前の作品とは思えない。
                  又吉直樹も激賞している永遠の名作である。
                  いま、久しぶりに再読している。
                  そのスリリングな展開はいま読んでも圧倒的である。「破壊による突破」と自選集にはタイトルがつけられているが、東京を破壊しつくすという登場人物であるキクのイメージは、「昭和歌謡大全集」の最終章の殺戮の果ての調布市全体を殲滅する爆弾投下につながっている。解説で評論家も書いているが、村上龍が「破壊」を軸にして物語を紡いでいく作家であることがよくわかる。しかもその物語は抜群におもしろい。
                  村上龍が描く「破壊」という暴力の中に、息苦しいほどの閉塞感に包まれた世界を一点突破していこうとする苛立ちや焦燥感を感じ取るのだ。それが臨界点に達するまでの緊密な物語の運びに加え、臨界点を超えた時のあまりにも拍子抜けするほどのある種独特の潔さというか簡潔さの中にカタルシスさえ覚えてしまうのである。
                  こういう作家は他にはいない。だから惹きつけられるのである。
                  ストレスがかかればかかるほど、本能的に村上龍の「破壊」の物語を激しく希求してしまう自分がいる。
                  先日紹介した「愛と幻想のファシズム」にしても、物語そのものに読み手をねじ伏せる力がある。
                  ねじ伏せられても構わないと思わせるような、まさに神経が麻痺するような喜びがそこには確かに存在する。
                  それをある人は「物語の快楽」とよぶ。

                  カーヴァーについて語ろう

                  2015.09.30 Wednesday 18:55
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                    レイモンド・カーヴァーについて語りたい。
                    いま、むさぼるように村上春樹が翻訳した短編集を読んでいるのだが、その味わいは別格である。
                    きっと若いころに出会っていたら今抱いているような感覚は持てなかったであろう。
                    正直言って万人受けする作家ではない。
                    登場人物も概して、結婚生活が破綻し、またはしかけていて窮地に立たされた中年男性というのがほとんどである。
                    加えて、アルコール中毒であったり、解雇されたりと、いってみれば負け組に属する者たちのほろ苦い物語である。
                    きっと、その背景にはカーバー自身の実像がかなりの割合で投影されているのであろう。
                    ハッピーエンドは皆無である。
                    しかし、何ゆえにこれほどまでに読者を惹きつけてやまないのか?
                    それは、好みもあるだろうが贅肉を削ぎ落した簡潔な文体に尽きる。飾りがないので読みやすいし、登場人物の緊張感のあるやり取りの中に放り込まれる。時には息苦しさを感じさせるほどの濃密な文章世界である。
                    読みやすさとは裏腹に内容はとても奥深い。シュールであるものさえある。
                    また一方で、村上春樹は「ばらけ」という表現を用いているが、見事に構築された物語のなかに一見関係のないような話を盛り込んで、伏線的に読者の心をとらえるのである。そのとらえかたが強烈なのである。そのエピソードだけで小説が成り立ってしまうかのごとくである。特に最後の短編集「象」ではそのカーヴァー特有の技が冴えわたっている。
                    そこに虜になってしまい、逃れられないのである。
                    「メヌード」「ブラックバード・パイ」。凄いとしか形容できない小説である。
                    家庭が崩壊していく寸前を簡潔に描き切っていくそのすごみはすさまじいの一言に尽きる。
                    こんな小説は今まで読んだことがなかった。
                    アメリカ現代文学を代表する作家であることに間違いはない。
                    多くの人に読んでほしい。

                    レイモンド・カーヴァーとの出逢い

                    2015.09.22 Tuesday 16:23
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                      JUGEMテーマ:読書
                      世の中はシルバーウィークの話題で持ちきりであるが、自分にとってはそんな喧騒とは無縁の静かな時間が流れている。
                      読書三昧の休日である。
                      ここ何日ずっと読んでいるのが村上春樹が日本に紹介したレイモンド・カーヴァーである。
                      流石に村上春樹が愛し、全著作を翻訳した作家である。
                      村上春樹ファンなら絶対気に入るはずである。
                      マスターピースばかりをあつめたアンソロジー「カーヴァーズ ダズン」を読んだのだが、完全にやられた。
                      もちろん、すべてが傑作という訳ではない。
                      しかし、参った。
                      それは、大きな事件や出来事が起きなくても、劇的な展開がなくても、感情の激しい発露がなくても立派に小説は成り立つということをカーヴァーは静かに教えてくれているのである。
                      ささやかな心の機微を、徹底的に無駄を排した文体でこれほどまでに見事に描き切る作家がいたであろうか。
                      時には結末が中途半端なまま投げ出されるかのような作品もあり、面食らうのであるが、読者の想像力にゆだねているのであろう。

                      中でも「足元に流れる深い川」「ぼくが電話をかけている場所」「ささやかだけれど、役に立つこと」が気に入った。
                      ピュリッツァー賞候補になった「大聖堂」もいいが、やはりそれ以上に上記の3作は心に響いた。

                      特に「ささやかだけれど、役に立つこと」。これは私が今までよんできた古今東西あらゆる小説の短編の中でのNO1である。
                      そう断言する。それほど見事な物語である。この作品にはいくつかのヴァージョンがあると聞く。
                      そのひとつである「風呂」も読んだ。読み終えたところから何かが始まることを予感させる。
                      村上春樹はカーヴァーのシュールリアリスティックでスピーディーで硬質な側面と語ったが、これはこれで見事な作品である。
                      今日は傑作集からはなれ、短編集を買い求め読みまくっている。
                      本が好きでよかった。そう思わせてくれる作家と出会えたことはこのうえない喜びである。

                       

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