彼岸過迄 漱石の信念をかけた作品

2017.03.19 Sunday 18:31
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    JUGEMテーマ:読書

     

    夏目漱石の後期三部作の幕開けといわれるのが「彼岸過迄」である。

    名作「門」を記してから1年半の年月が流れた。

    その間に漱石は瀕死の大病を患い、娘を失い、漱石を朝日新聞社に引っ張った朋友が去ったことを受けての辞表提出など。

    彼の人生を大きく揺るがす事件が続いたのである。

    それゆえか、序文にしたためられた再出発にあたっての漱石の思いは、ストレートに心に響くものがある。

    「ただ、自分は自分であるという信念をもっている。そうして、自分が自分である以上は、自然派でなかろうが、象徴派でなかろうが、乃至ネオのつく浪漫派でなかろうが全く構わないつもりである。」

    「自分はすべて文壇に濫用される空疎な流行語を借りて自分の作物の商標としたくない。ただ自分らしいものが書きたいだけである。」

     

    そう言う信念のもと記した作品が面白くないわけがない。

     

    この作品の特徴は敬太郎という人物の見聞きした一筋縄で結えない登場人物の心の内面を照らした写生文である。

    大きな軸はお互いに惹かれ合あいながら、決してひとつにならない須永市蔵と千代子の心情のずれである。

    そして、市蔵の心に影を差す事実が語られるのは、最終盤の叔父である「松本の話」のなかである。

    「市蔵の太陽は、彼の生まれた日から既に曇っていた。」

     

    「門」でもそうだが、なぜそうなのか? 何が一体あったのか? そこに至る理由が語られるまでの読者を惹きつける筆の磁力に恐れ入るばかりだ。ゆえに、漱石は時代を越えて色褪せない作家なのであろう。

    しかも、その理由を語る文章が「市蔵の太陽は、彼の生まれた日から既に曇っていた。」である。

    巧すぎる。

    「彼岸過迄」。不思議な余韻が残る作品である。私は好きだ。

    我が人生における一冊 破戒

    2017.03.11 Saturday 21:51
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      「破戒」を読み終えて数日経ったのだが、その余韻は心の中に残っている。

      今は、必ず鞄の中に入れて持ち歩いている。

       

      丑松が「穢多」であることを自ら告白することを決意する場面。

       

      「思えば、今までの生涯は偽りの生涯であった。自分で自分を欺いていた。ああー何を思い。何を煩う。「我は穢多なり」と男らしく社会に告白するがよいではないか。こう蓮太郎の死が丑松に教えたのである。」

      「どうせ最早、今までの自分は死んだものだ。恋も捨てた、名も捨てた。−ああ多くの青年が寝食を忘れるほどにあこがれている現世の歓楽、それも穢多の身には何の用があろう。」

      いよいよ明日は学校へ行って告白しよう。

       

      何度読んでも心が打ちふるえる。

       

      そして、アメリカのテキサスに旅立つ前に明かされる志保子の丑松への思い。

      離別の最後のシーン。

      それらが相まって深い感動が静かに降り積もる雪のように心の中に堆積していく。

       

      「破戒」

      我が人生における一冊となる本である。

      「破戒」 深い感動が心をつかむ 

      2017.03.05 Sunday 18:49
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        JUGEMテーマ:読書

         

        図書館にて貪るようにして一冊の本を読む耽った。

        島崎藤村「破戒」である。

        『父の与えた戒めはしみじみとこたえて来る。「隠せ」−実にそれは生死の問題である。』

         

        主人公の小学校教師 瀬川丑松は被差別部落出身である。「穢多」の身分を隠し通せという父の言葉が強い戒めとなり心を縛りつける。

        一方で、自分は一体何のために生まれ、何をしようとしているのかという根源的な問いを抱くようになる。

        やがて、遂に隠し通していた素性が仲間の卑劣な教員に暴かれ、人の口から口へと噂は流布し、丑松は追い詰めれていく・・・

         

        「非人」として社会から放逐されたくないと強く願いながら、穢多としてさまざまな恥や辱めを受けてきた父をはじめとする同族の歴史を思い返す丑松。そして、学問により身を立て、理想を掲げることの考えに至ったことを後悔する。

        放逐か、死か。そう自らに決断を迫る場面まで一気に読んだ。

         

        文庫本420ページの分量もあと70ページ足らずである。

         

        子どもたちからの人望も厚い丑松を何とか追い出そうとする名誉欲に取りつかれた校長や出世欲にかられた郡視学(今でいえば教育委員会)の倅の狡猾さもしっかり描かれている。

        そんな場面を読むと、学校という世界の排他性はあまり現代と違いはないのではないかと思ってしまう。

         

        瀬川丑松という一人の正義感にあふれる人間の内面の葛藤や相克に焦点をあて、虚飾的な表現を用いず、リアリズムに徹して描いたこの作品。深い感動が私の心をつかんで離さない。

        残り70ページを味わい尽くしたい。

         

         

        漱石の自伝的小説 道草を読む

        2017.03.01 Wednesday 21:48
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          今日から3月のスタート。

          しょっぱなから漱石である。

          死の前年に発表した自伝的色彩の強い「道草」を読了した。

          物語は暗い。ユーモアの欠片もない。

          物語の軸は、久しぶりに再会を果たした養父から執拗に借金を迫れながらも、縁を絶ち切れない主人公の苦悩であり、ヒステリーをもつ妻とのかみ合わない気持ちのすれ違いである。

          だが、おもしろい。物語に惹きつけられるのである。

          それはなぜだろうと考えた時、自分の現在の年齢がこの小説を表した夏目漱石の年齢と近いということや心情的に共感できる部分が少なからずあるということに尽きる。

          50過ぎの男は面と向かって優しさを妻や子に伝えられないのである。そうではない男性も多くいるだろうが、少なくとも私は苦手である。

          だから、漱石の描く主人公の心の中の葛藤が痛いほど解る。自分で不人情ではないかと思いながらも、妻や子供に対して優しい言葉ひとつもかけられない頑固さ。その反面、妻からは優しい言葉をかけてほしいと願っている矛盾。

          そういう部分を実に克明に描き出しているところが漱石の凄さである。

          これで今年に入って漱石を8作連続で読破したことになる。

          書店に立ち寄ると村上春樹の新作など、私の心に訴えかけてくる新刊本が多く並んでいるのであるが、つい漱石の文庫本に手が伸びてしまうのである。

          私の中の漱石ブームはまだ続きそうである。

          三四郎と門

          2017.02.26 Sunday 19:08
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            さしずめ、ことしは夏目漱石イヤーとなった。

            「三四郎」と「門」を立て続けに読破した。

            明治知識人の悲劇3部作と言われてはいるものの、そのスタートである「三四郎」と最後の作である「門」とではだいぶ趣は違う。

            「三四郎」は悲劇というよりも、熊本から大学入学のために上京した三四郎の「美彌子」という女性への淡い恋愛感情や自分を取り巻く周囲の環境に戸惑い驚きながらも、己の存在の意味を見つめていくという「青春小説」である。

            それ故に、描写の中にも闊達な空気が流れている。

             

            ところが「それから」を経ての「門」は見事なまでの季節の移ろいの描写と共にある秘密を抱えながら、親戚や故郷との縁を断ち切った夫婦の日常が静謐な筆致で淡々と綴られるモノトーンの作品である。

            そして、その秘密が明かされるのは物語の終盤のわずか数ページ。

            そのある意味心理サスペンス的な構成は読者に主人公である宗助とお米に一体何があったのかと想像力を喚起する見事な手法である。

            そして、突然、妻に内緒で禅門をくぐる宗助の心理。

            最後の「うん。しかし、またじきに冬になるよ。」の言葉のもつ意味の大きさ。

            この最後の一文は冒頭につながり、永久運動の輪廻のように宗助とお米の人生そのものを表しているようでもある。

             

            解説で柄谷行人がこう書いている。

            「門」での三角関係の把握は、「それから」とは違って愛または人間の関係はもともと「三角関係」にあるのではないかと感じさせる程度に深化している。

             

             

            漱石の異色作「坑夫」

            2017.02.19 Sunday 18:48
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              今年に入って夏目漱石の小説ばかり読んでいる。

              いやはや実におもしろい。

              遅ればせながら漱石の小説に出会えたことは稀有の喜びである。

              今日は図書館で「坑夫」を読み終えた。

              漱石の異色作である。

              漱石のもとを訪れた未知の青年の告白をもとに、小説らしい構成を意識的に排除して書いた作品であるからである。

              鉱山の坑道を歩くながらカンテラを貧しい灯をたよりに迷路のごとくの地下に下りていくシーンはまさにルポルタージュそのものである。

              小説らしい筋立ては皆無である。

              ただ、三角関係の末のある恋愛事件を引き起こしたために世の中に顔を出したくない一心から、穴倉に引きこもることを決意する主人公の苦悩は、他の漱石の作品の底に流れている明治知識人のそれと同様のものかもしれない。

               

              獰猛なる異様な風体の坑夫たちに「新入り」と嘲られ、蔑まれるなか、迷い込んだ坑道の中で奇跡が起きる。

              安さんとの出会いである。

               

              「ここは人間の屑が抛りこまれる所だ。全く人間の墓所だ。生きて葬られる所だ。一度、踏み込んだが最後、どんな立派な人間でも、出られっこのない陥穽だ。大方、ポン引きの言いなり次第になって、引っ張られてきたんだろう。それを君のために悲しむんだ。人一人を堕落させるのは大事件だ。殺しちまう方がまだ罪は浅い。(中略)君が堕落すれば、君のためにならないばかりじゃない。」

               

              何が人間を堕落させうるのか。道義とはなにか。

              この異色作の背景にあるものは実は相当に重いテーマである。

               

               

              カーネル・サンダースの物語

              2017.02.18 Saturday 21:52
              0

                久々に伝記を読んだ。

                65歳から世界的企業を興した伝説の男とサブタイトルがついている。

                「カーネル・サンダース」の物語である。

                KFCの創始者であるカーネル・サンダース。

                しかし、創始したきっかけは数々の試練と挫折の末の苦渋の決断であった。

                正義感の強さと持ち前の頑固さゆえに解雇されることも多く、事業者としてガソリンスタンドを経営するまでに13の職業を経験している。

                そして「他人のために一生懸命に働くこと」という生涯にわたってぶれない信条を身につけた。

                 

                ハイウエイ建設に伴い、客が激減しレストランを手放すことに決めた時が65歳。

                誰しもカーネルに引退を勧めた。

                カーネル自身心が折れかけたが、国が支給してくれる年金がたった月105ドルと知った時、まだやれることはないのかと考えて行動した。

                それが7つの島からの11種類のハーブとスパイスというKFCの秘伝の作り方をレストランに売り歩くという画期的なビジネスである。

                「フランチャイズ」の始まりである。

                そして、わずか4年後には全米で200店舗を超えることになる。

                 

                中途半端であることを毛嫌いし、一生懸命に働くことに情熱を傾けた信念の男の物語である。

                読み終えた後、清々しい風が心に湧きおこった。

                それから

                2017.02.05 Sunday 18:18
                0

                  JUGEMテーマ:読書

                   

                  夏目漱石の「それから」を読了した。

                  「三四郎」「門」と並び明治知識人の悲劇を描いた3部作と俗に言われる。夏目漱石が日本の文学史上初めて「姦通」を新聞連載小説として著した作品である。

                  背景には日露戦争後のにわか景気によって形成された新興ブルジョワ社会がある。

                  知識人を気取る、主人公 長井代助は生活欲のために働くことをよしとせず高尚、泰然を気取っている一方で、30前にして父親の経済的な庇護を受けている身である。政略結婚に欺瞞を感じ、自分の理に頼り、のらりくらりと先延ばしにして生きている。

                  そんな代助の抱える一番の大きな問題は心の中に潜む「無意識なる偽善」である。

                  そして、ついには己の「無意識の偽善」によって苦しみ、身動きが取れなくなり、自然に帰るという帰結点を見出す。

                  自然とは、結婚という枠組み(不自然な制度)の外にある、学生時代の頃のような自分の情動のままに生きる恋愛である。

                  最終盤、かつての恋心を呼び覚まされた友人の妻を「俺にくれ」と友人に迫る場面は鬼気迫るものがある。

                  自分の行動の理を露ほども疑うことなき姿は滑稽というにはあまりにも悲しい。

                  そして、兄から金輪際の絶縁を叩きつけられた挙句にとる行動の描写は狂気ですら感じさせる。

                   

                  「焦る 焦る」「ああ動く。世の中が動く。」彼の頭は電車の速力をもって回転しだした。回転するに従って火のようにほてってきた。これで半日乗り続けたら、焼き尽くすことが出来るだろうと思った。

                  こころ

                  2017.02.03 Friday 22:47
                  0

                    JUGEMテーマ:読書

                     

                    夏目漱石「こころ」を初めて読んだ。

                    この作品は、自分が尊敬する先輩が人生における一冊と言っていた本である。

                    読み終えて、深い澱のようなものが心に堆積している。

                    それは、「罪と罰」を読了したときの感覚と似ている。

                     

                    「死んだつもりで生きて行こうと決心した心」をぐいと握りしめて動けなくさせる恐ろしい力。

                    その力は「お前はなにもする資格のない男」と締め付ける。

                    波瀾も曲折のない単調な生活を続けてきた私(主人公)の内面に常に湧き上がる苦しい戦争。言い換えればそれは決して解放されることのない心の牢獄である。

                    己を心の中の牢獄に閉じ込めたものは一瞬の嫉妬に駆られたエゴイズムと罪の意識。

                    その根底にあるものは、自分を裏切った叔父を憎みながらも、結局自分も叔父と同じではないかという抜き差しならない「哀しみ」である。

                     

                    そして、エゴイズムと良心の葛藤が心の中で激しくせめぎ合いを続けていく中で決意した主人公の行動とは・・・

                     

                    裏切りや不倫が大手を振って闊歩している2017年だからこそ読むべき小説である。

                     

                    人間の「こころ」の本質を否応なしで突きつけてくる傑作である。

                    愛に乱暴

                    2017.01.28 Saturday 18:53
                    0

                      「怒り」以来となる吉田修一の小説「愛に乱暴」(新潮社)を一気に読破した。

                      吉田修一はそれほど好きという作家ではないが、筆力を感じさせる作家である。

                      この作品の扱っている題材は「不倫」「結婚生活の破綻」「姑問題」と陳腐なものであるが、吉田修一の手にかかると、濃厚なうまみを放つ。そして、周到に用意されただましが待っている。

                      正直、やられたと思った。

                      離婚をつきつけられた桃子の静かな狂気が次第に膨れ上がっていく描写は緊張感を孕み、ページを捲るスピードが倍加する。

                      ビターな展開ではあるが、最後の場面の 暗い夜道を歩きながら、ちゃんとしなきゃとまた思う。「ありがとう。・・・・・ありがとうって言ってくれて、本当にありがとう。」と。いう描写が強く印象に残った。

                       

                      希望には程遠いかもしれないが、決して絶望ではない。人を信じる光がある。

                      この結末は秀逸である。


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