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七草粥のごとき味わい 周五郎の作品
読書 / カーソン・ライダー 
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    JUGEMテーマ:読書

     

    読書にとって「読後感」はとても大切な要素である。

    読み終えた後、「読んでよかったなあ」としみじみ思いながら、何とも言えぬ充足感でその本を閉じることができる喜びは一入である。そんな作家が山本周五郎である。

    短編集の「花杖記」(新潮文庫)を読んだのであるが、その思いを強くした。

     

    宮部小弥太は臆病者であった。で始まる「武門無門」。

    「此処に包丁が二つございます。」

    「こちらは菜を切ります、こちらは魚を裂くのに用います、どちらも刃物ではございますが、魚庖丁では菜はきれませぬし、菜切り庖丁では魚は裂けませぬ」

    「二つの庖丁は、どちらもそれぞれ役が定っております。薪割には使えず、刀の代わりにも成りませぬ、けれどもこの二つは、矢張りそれぞれ充分に役目を果たしております。」

    「口幅な申しようではございますが、例えば大胆不屈な武芸で秀でたとしましても、それだけで無二の御奉公はかないますまい、同様に憶病の生まれつきでも、お覚悟次第で、立派にお役に立つことができると存じます」

     

    これは物語の最後、妻 八重が小弥太に語り掛ける場面である。

    まさにこの場面など、周五郎の哲学が私は端的に表れていると感じた。

    それは人間肯定の立場に立った、無益な人間など存在しないという眼差しである。

    これを発表したのが戦時中の昭和16年ということを考え合わせても興趣深い味わいがある。

    また「似而非物語」のように人間が利や欲を捨てるということはどういうことなのか。

    本当にできることなのかという問いかけも深い。

     

    いずれにしても周五郎の作品は、私にとって「七草粥」のような存在である。

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    偉人たちのあんまりな死に方
    読書 / カーソン・ライダー 
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      JUGEMテーマ:読書

       

      3月に入り、陽光うららかな日が続いている。

      落ち込んでいた体調や気分が少し上向き加減である。

      ただ、仕事は年度末ということで多く、ストレスのかかる状況である。

       

      そんな中、やはりストレス発散は読書とクラシック音楽である。

      今月に入り、2冊読破した。

      「鬼平犯科帳」と「偉人たちのあんまりな死に方」である。

      「鬼平犯科帳」はひとたびページをめくれば、テレビドラマを見るかの如く引き込まれてしまう魅力がある。

      あくまでもエンタメ時代小説なので、深く心に残るという読後感ではない。

      気分転換にはもってこいの小説である。

       

      「偉人たちのあんまりな死に方」(河出文庫)は意外なおもしろさがあった。

      ツタンカーメンからアインシュタインまでの死に際に焦点をあてた異色偉人伝である。

      それぞれの偉人が生きていた時代の治療法というものが目にもあてられないものであり、病気そのものより治療への苦しみが強かったのではないかと想像してしまう。

      ジョージ・ワシントンの最期の言葉がそれを物語っている。

      「もう構わないでくれ。静かに逝かせてほしい。」

      ちなみに死因は喉頭蓋炎である。

      今なら抗生物質ひとつで簡単に治る病気である。

      400万回嘔吐した「心配性」のかたまりであるダーウィンなど、興味をそそられる内容である。

      クラシック音楽については次に書きたい。

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      立て続けに読破 「鬼平犯科帳」
      読書 / カーソン・ライダー 
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        JUGEMテーマ:読書

         

        時代小説にはまっている。

        山本周五郎を経て、いまは池波正太郎の「鬼平犯科帳」(文春文庫)を立て続けに読んでいる。

        テレビドラマや映画でもお馴染みである。

        内容は簡単にいえば娯楽エンターテイメントであり、火付盗賊改方の「鬼の平蔵」こと長谷川平蔵と名うての盗賊との戦いや駆け引きという話であり、単純明快である。

        小説を読んでいながら時代劇を見ているかのような気分になる。

        会話文も多く、肩肘張らずにすらすら読めるのもよさである。

        食通の池波正太郎ならではの江戸のおいしそうな料理の紹介もスパイス的ないい味を醸し出している。

        まだ、4巻目なのであるが、今まで読んだ話の中で特におもしろかったのは平蔵が盗賊から「盗みの極意」を教わる「盗法秘伝」と平蔵が京都に旅をしている際に、妻の久栄が活躍する「むかしの男」である。

        レビューなどを読んでも「むかしの男」は人気が高い一編である。

         

        年度末にさしかかり、仕事で忙しいのであるが、その忙しさの合間を見つけて読書を楽しむことでストレス発散をしている。

        いよいよ明日から弥生3月のスタートである。

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        さぶ 
        読書 / カーソン・ライダー 
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          JUGEMテーマ:読書

           

          2月にはいってからずっと体調はよくない。

          風邪がこじれて、病院通いが続いている。

          せっかくの土日も病院。自然とため息がついてでる。

          2週間以上咳が続いていることを話したら、早速血液検査とレントゲン撮影となった。

          幸いにしてことさら心配な病気でないことがわかったのだが、アレルギー性の気管支炎ということで、人生で初めて喘息の人が使う2週間用の吸引剤を処方された。

           

          ついてないと嘆いてみても、事態が好転するわけではないので「淡々粛々」と心で言い聞かせながらひたすら読書にふけっている。

          山本周五郎の名作と名高い「さぶ」(新潮文庫)を読み終えた。

          栄二という無実の罪をかぶった男の人間としての成長の物語である。

          頑なな栄二の心を溶かしたものは、人足寄場に集められた栄二同様に訳ありな男たちの心であった。

          その中の一人である与平の次の言葉が印象的だ。

          「おまえさんは決してひとりぼっちじゃなかったし、これから先もひとりぼっちになることなかあ決してないんだから。」

          「生まれつき能を持っている人間でも、自分ひとりじゃあなんにもできやしない。能のある一人の人間が、その能を生かすためには、能のない何十人という人間が、眼に見えない力を貸しているんだよ。ここをよく考えておくれ、栄さん。」

           

          濡れ衣事件の真相の哀しさが読後も心に絡みついて離れない。

          そして、栄二に対する「さぶ」という人間の無垢なる純粋な心に触れる時、静かな感動が心によせてくる。

          大好きな小説がまたひとつ増えた。

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          「ちいさこべ」「ひとごろし」 周五郎の名品を味わう
          読書 / カーソン・ライダー 
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            4年に1度のスポーツの祭典である「オリンピック」に注目し、興奮・感動を味わいながらも、一方では読書も堪能している日々である。

            山本周五郎の作品を立て続けに2冊読み終えた。

            「ちいさこべ」「ひとごろし」(どちらも新潮文庫)である。

            短編集である。

            「ちいさこべ」収録の、タイトルにもなっている「ちいさこべ」。

            江戸を舞台に、大火事で両親を初め多くの大切なものを失いながらも、その逆境にめげずにけなげに生きる大工の若棟梁の心意気が読み手の心に爽やかに感動を与える内容である。

            昭和の時代には、こういう前向きに生きる家族の物語が小説や本でもいくつか描かれたものだが、現代ではほとんど皆無になってしまった。

            だからこそ、一層の読後感のよさが心に沁みる。

             

            「ひとごろし」は物騒なタイトルだが、バラエティ豊かな10篇が収められている。

            冒頭の「壺」はその道を究めるということはどういうことなのかを考えさせてくれる内容である。

            「人間の値打ちは身分によって定まるものではない、各自その道に奉ずる心、おのれのためではなく生きる道のために、身心をあげて奉る心、その心が人間の値打ちを決定するのだ、百姓は米を作るが、自分では多く稗麦を食べている、自分では食べないのになぜ艱難を凌いで米を作るか、それは米を作ることが百姓の道だからだ・・・」

             

            表題作「ひとごろし」の武芸の技をもたない侍が、どう腕達者な殺しのお尋ね者を追い詰めていくのか?

            その機転に思わず引き込まれる佳品である。

            また、綿密ともいえる裁定から導き出されるあざやかなオチの付け方が見事な「改訂御定法」など。

            周五郎の筆が冴える作品が多い。

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            読書の愉悦 「赤ひげ診療譚」
            読書 / カーソン・ライダー 
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              昨年は人生史上初となる年間読破数が100冊を超えた年であった。

              読書生活が充実していたその大きな理由は、今まで読んだことのなかった作家の作品に触れ、その魅力にひかれ貪るようにしてその作品が読んだことである。

              夏目漱石と司馬遼太郎である。

              昨年のこの時期はひたすら漱石を読みまくっていた。

              今年もまた、未読の作家との出会いがあった。

              山本周五郎である。

              ひょんなことから小川笙船を知ることがあり、調べてみるとあの三船敏郎主演の映画でも馴染み深い「赤ひげ」のモデルとなった医者であることが分かった。

              そして、早速「赤ひげ診療譚」(新潮文庫)を手に取った。

              正直、これほど面白いとは思わなかった。

              流石は、黒沢明が惚れた作品である。

              小石川養生所を舞台に、新出去定とその弟子である保本昇との医者としての人間的な交流を描いた物語であるが、軸は保本昇の成長物語と言い換えてもよい。

              収められている6編がそれぞれ味わい深いものであり、弱い人間に対しての去定の一見武骨でありながらも、温かな眼差しが心に響く。また、弱い人間にのしかかる社会のありようや貧困と無知についてのまっすぐな怒りが胸を突く。

               

              「医術などといっても情けないものだ。長い年月やっていればいるほど、医術が情けないものだということを感ずるばかりだ。病気が起こると、ある個体はそれを克服し、別の個体は負けて倒れる。医者はその症状と経過を認めてやることはできるし、生命力の強い個体には多少の助力をすることもできる。だが、それだけのことだ。医術にはそれ以上の能力はありゃしない。」

              「現在の我々にできることで、まずやらなければならないことは、貧困と無知に対する闘いだ。貧困と無知とに勝ってゆくことで、医術の不足を補うほかはない」

              「貧困だけに限ってもいい。江戸開府このかたでさえ幾千百となく法令が出た。しかし、その中に、人間を貧困のままにして置いてはならないという箇条が一度でも出された例はあるか。」

              これは、「駆込み訴え」の話の中に出てくる去定の言葉である。

               

              物語を通して去定が出てくる場面はさほどは多くはない。しかし、彼の口から語られるひとつひとつの言葉の重さ、鋭さが強い余韻を残す。それ以上にそれぞれの作品に登場する主人公の心の機微を温かな視点で描いた見事な作品である。

              特に「駆込み訴え」の六助の悲しみが心に響いた。

               

               

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              鬼門の2月 「関ケ原」を読む耽る
              読書 / カーソン・ライダー 
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                ジンクスは本当に当たるもので「2月は鬼門」の通り、体調を崩している。

                今までにも、何度かかかったことのある溶連菌感染症である。

                子どもがかかることが多いのだが、勿論感染症なので出席停止扱いとなる。

                大人であっても同じであり、はしかなどと同様に大人のほうが症状は重い。

                当然、安静にしてるのだが、少しでも気分がよいと読書をしている。

                 

                司馬遼太郎の「関ケ原」も中を読み終え、その勢いのまま下も残りわずかとなってしまった。

                格別な面白さである。

                西軍大将の石田三成は義の人であるということは以前にも記したが、あまりにも観念に立ちすぎるので、戦における現実的なものの見方ができない。また、人の心の機微を情で考えるということができない性格ゆえに、西軍をまとめきることができなかった。

                そういう意味においては「負けるべくして負けた」ともいえる。

                 

                しかし、そんな戦いの中にあって、側近である戦術指揮官 島左近の生き様は見事の一言である。

                負けを覚悟した時、三成を落ち延びさせることに専心する姿は。まさに男が惚れる男ともいってよいだろう。

                また。西軍の中にあっての大谷刑部少輔吉継の働きにも感動した。

                小早川秀秋の裏切りの報せを受けた吉継は、眼前の東軍の敵である藤堂、京極勢を捨ておき、山から駆け下りてくる小早川の大群に対峙し、猛攻撃を仕掛けたのである。

                「やれ、金吾なる者は、千載の醜名を残したぞ。裏切り者を崩せ。突けや。雑兵雑輩には目もくるるべからず。いちずに金吾が旗をめがけよや、金吾を討て、金吾を地獄におとすのに牛頭馬頭邏卒の手をば借りるべからず、汝らが地獄の邏卒のさきがけをせよ。」

                鬼神のごとくの吉継の姿は、士気を高めるには十分すぎるほども気迫をもったものであり、関ケ原の戦いにおける東西の武士の中で「名将」という名に恥じないのは吉継こそとまで、司馬遼太郎は記している。

                 

                その吉継も戦いのなかで自害を決意し、首を介錯させるのであるが、その際「わが首を、敵に渡すな。」と申し付ける。

                介錯の任を預かった近習の湯浅五助が、その首を穴に埋めた際に、東軍のかつての友である藤堂仁右衛門と逢う。

                かつての友とはいえ槍を交え、五助は落命するのであるが、今際の約束があった。

                埋めた吉継の首の件を絶対に漏らしてくれぬなという約束である。

                策謀、寝返り、裏切りが当たり前の時代。子であれ、妻であれ、親であれ、自分の利のためなら殺すことも厭わなかった時代。

                関ケ原の戦場において、生まれた約束。

                それが命を賭けて、守られるというのもこの時代の奇跡のひとつであろう。

                 

                 

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                百年泥
                読書 / カーソン・ライダー 
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                  第158回芥川賞受賞作「百年泥」(新潮社)を読んだ。

                  100年に1度という南インドのチェンナイでの大洪水を目の当たりにするところから物語は始まる。

                  熊手に掻かれ、盛り上がった百年泥にまみれて出てくる、何やらいわくありげなものや人。

                  そういったものにつながる記憶が炙り出されてくる描写が面白く、惹きつけられた。

                   

                  かつて綴られなかった手紙、眺められなかった風景、聴かれなかった歌。

                  話されなかったことば、濡れなかった雨、ふれられなかった唇が、百年泥だ。

                  あっかもしれない人生、実際は生きられることがなかった人生、あるいはあとから追伸を書き込むための付箋紙、それがこの百年泥の界隈なのだ・・・

                   

                  特に最後の登場人物のひとりであるディーバラージの大阪・万博エキスポ70のコインにまつわる話は深く心に刻まれた。

                  簡単に言えば、人の善意と供養の話である。

                  どこか荒唐無稽でありながらも、読み手の感性のつぼをおさえてくる小説である。

                   

                  文体に何となくぎくしゃくするような硬さがあるので、読みなれるまで少し時間がかかった。

                  だが、内容は面白いので一気読み確実である。

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                  交響曲「第九」の秘密
                  読書 / カーソン・ライダー 
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                    10億人が聴いた「歓喜の歌」の真実が、ドイツ人研究家によりいま初めて明かされる!

                     

                    この帯に惹きつけられ、衝動買いしてしまった「交響曲第九の秘密」(ワニブックスPLUS新書)。

                    ベートーヴェン好きの自分にとっては、興味深い内容であり一気読みした。

                    何と言っても一番の驚きは、日本で第九が初演されたのは、第一次大戦後に日本の捕虜収容所となった徳島県坂東町においてのドイツ人捕虜によるものであったという事実である。

                    この捕虜の中に、パウル・エンゲルというバイオリニストがいなかったならば、演奏は成立しなかった。

                    また、収容所の所長であった松江陸軍大佐の外国人捕虜に対しての寛容さがなかったならば実現は不可能であった。

                    1918年のことである。

                    いくつもの奇跡に彩られて、我が国の第2の国歌ともいえる存在になっている第九の合唱。

                     

                    本題の第九の合唱に込められたベートーベンの思いについてであるが、彼はキリスト教の一神教的な考えを伝えたかったのではない。

                    もっと普遍的な、人間を肯定し、ポジティブに生きる思いこそをこの歌に託した。

                    生きていること=苦しみの連続であったベートーヴェン。

                    幼少の頃は父親の虐待に近い暴力に怯え、17歳から独力で生きて行かねばならなかった。

                    そして、鬱病に苛まれるなか、幾度か自殺を決意するも、生きることをやめない強靭な意志。

                    そんなストレスとの戦いの中で、音楽家にとっての生命線ともいえる難聴は悪化し、ついに完全に音のない世界に入る。

                    しかし、彼はその無音の中で、真実の悟りの境地に至るのだ。

                    そして、彼が遺した交響曲第9番こそ、彼が人々に伝えたかったメッセージが込められている・・・

                     

                    それは、否定的な感情を振り払い、より積極的な気分を自分の中に創り出すこと。

                    そして、生活の中に愛を見出し、与えられるものを待つのではなく、誰かの最良の友人になるべく努めること。

                    自分の愛を誰かに与えることの大切さを語っている。

                    決して愛に恵まれ人生とはいえないベートーヴェンがたどり着いた至福への心境。

                    読み終えた後、改めて彼の厳しくも真摯な生き様に心打たれている。

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                    「関ケ原」
                    読書 / カーソン・ライダー 
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                      司馬遼太郎「関ケ原」を読んでいる。

                      昨年、映画化もされ、岡田准一演ずるところの石田三成が注目された。

                      当然、その敵役といえば徳川家康なのだが、同じ司馬遼太郎が描いた「覇王の家」の家康像とは全く異なったものとなっている。

                      「覇王の家」においては、三河武士の典型的な人物として描かれ、部下を登用する際に人心収攬術など使ったことなどない質朴さが伝わる人物像になっている。

                      しかし、「関ケ原」においては謀に長けた側近の本多正信を使い、秀吉亡き後の天下を自分の手のものするために、なりふり構わず謀義・謀略を図る策士的な側面が強く出ている。

                      そのため、観念的にまで「義」を重んじる石田三成とは明暗くっきりといったコントラストをなしている。

                      そこがこの作品の読みどころである。

                       

                      文庫本上、中、下の三部作であるが、上を一気に駆けるようにして読み進め、あと残り僅かである。

                      理が立ちすぎるあまり、人の情に対しての想像力に欠ける石田三成が家康の天下取りの邪魔者として、加藤清正をはじめとする家康側に与する武将たちに命を狙われる最中に、あろうことか自分の命を庇護を敵の主雄である家康にもとめるという場面が特に印象的であり、強く光彩を放っている。

                      その場面での謀臣 本多正信との駆け引きは緊張感の溢れる名場面である。

                      「あれらが(加藤清正など)猛り狂うのは、わしのへいくゎい癖(横柄な性格)だけが因ではあるまい。おおかた、あの馬鹿どもを走らせているのは、黒幕にいる術者であろう。その術者が、佐渡守(本多正信)殿、まさかそこもとではあるまいな。」

                      火中に飛び込んでいながら、この言葉である。

                      また、家康もさすがは古だぬきである。

                      三成を殺さないのである。豊臣の息の根をとめるために、まさに虎を野に放つのである。

                      この二人の対決はどのような展開を帯びていくのか?

                      今後の展開が楽しみであり、わくわくしている。

                      毎度のことだが、司馬遼太郎の筆力に脱帽している。

                       

                       

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