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テイスト・オブ・苦虫
読書 / カーソン・ライダー 
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    JUGEMテーマ:読書

    又吉直樹が絶賛していた作家 町田康のエッセイを読んでいる。

    「テイスト・オブ・苦虫」(中央公論新社)である。

    いやはや面白い。

    思わず吹き出してしまうこともしばしばでスラスラ読み進めていくことができる。

    図書館で読んだのはシリーズの中の5、6である。

    今から9年から10年前に刊行されたものである。

    話題として取り上げられている中でちょくちょく登場するのは「ニート」「日本語の乱れ」「個性について」などである。

    堅苦しさはなく、町田康の意図的な馬鹿丸出しの文体にはまるのであるが、言わんとしていることはズバッと的を得ていることが多く、「その通り!」と深く頷くこともしばしばであった。

     

    今の若い者は個人をなくすことができない。

    というのは無理からぬところで、なぜなら学校では、個性を伸ばす教育、といって、なるべく他と違っていた方がよいのだと教えられてきたからで、それが社会に出て急に、なるべく他と同じようにしなさい、と言われてもそれはやはりできない。

    自分は会社員であるにしても、その前に一個人なのであり、その一個人としての都合をなにより優先する、ということになってしまう。

    繰り返すが、これでは会社も産業も成り立たない。

     

    だから必然。ニートが増えると述べた後で、では個性を生かすためにはどうしたら良いのかについて触れるのである。

    結論として、個性を生かすためには余程の天才でもない限り、初期段階において、何事においても没個性的な基礎訓練が必要である。

    つまり、個性を発揮するためにはまずは没個性が必要であると主張する。

    それはまさに本質をついているものであり、納得してしまった。

     

    今日からは「どつぼ超然」(毎日新聞社)を読んでいる。新しい作家との出会いは読書の醍醐味のひとつである。

     

     

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    エッティンガーの冴え シューマン交響曲4番
    音楽 / カーソン・ライダー 
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      JUGEMテーマ:音楽

       

      やられた。率直な感想である。

      東京フィルハーモニーオーケストラの2008年のライブ シューマンの交響曲第4番である。

      指揮者は若手の中でも実力は折り紙付きのダン・エッティンガーである。

      彼が東京フィルを率いての演奏で大のお気に入りはチャイコフスキーの交響曲第5番である。

      しかし、恐れ入った。

      ライナーノーツにも記されているように、まさに生気に溢れたきびきびとした雄大なる演奏である。

      端正なたたずまいは揺るぐことなく、それでいて細部にまで目が行き届いた繊細な音の味付け。

      たまらない。

      シューマンの交響曲というと、我が国ではブラームス以上に評価が低いという印象を受ける。

      演奏機会もそれほど多くない。

      第一番の「春」が一番著名である。このニ短調の交響曲は1番の後で作曲されたのであるが、芳しい評価は得られず、交響曲3番のあとでシューマンが改訂を試みて4番として発表したものである。

      4つの楽章が切れ目なく演奏され、その緩急の付け方は破格である。

      特に4楽章が好きである。

      「ゆるやかに」「いきいきと」4分の4拍子でニ短調からニ長調へと突き抜けていく高揚感が大変魅力的である。

      ブラームスにしてもシューマンにしても交響曲作家としての野心を抱きながらも、先人であるベートーヴェンの偉大なる9曲に恐れをいだき、交響曲のデビューは遅かった。

      共に4曲しか残していない。

      しかし、その内容は実に素晴らしいものがある。

      それにしてもエッティンガーのこの4番。

      観客の「ブラボー!」が高らかにホールに響き渡る見事な演奏である。

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      ブラームスの真髄 弦楽六重奏曲&ピアノ五重奏曲
      音楽 / カーソン・ライダー 
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        JUGEMテーマ:音楽

        クラシック音楽を聴かない。または馴染みがない。敷居が高い。と感じている人にいきなりブラームスを紹介するのも無謀かもしれないが、今、ずっとブラームスを聴いている身としては、その音楽の素晴らしさに素直に触れて欲しいという思いでいっぱいである。

        今、毎日耳を傾けているのは弦楽六重奏曲である。

        実は弦楽六重奏曲のジャンルの曲は極めて少ない。

        モーツァルトにもベートーヴェンにも、メンデルスゾーンにもない。

        ドヴォルザークにはあるが、彼自身がブラームスを敬愛していたことを考えると頷ける。

        それくらいに著名な作曲家であっても作品はないのである。

        言い換えれば、ブラームスの2曲こそが代表曲であり、不滅の名曲であると断言できる。

        1番はブラームス27歳の時の作品であり、内声をさらに充実させ、響きのある音を求めた若かりし頃のブラームスの情熱が伺える作品である。

        1番2楽章の二短調。ブラームス得意の変奏曲であるが、何と美しくも厳かな音の響きであろう。

        陶然としてしてしまう。繰り返し聴いていても決して飽きることはない。

         

        弦楽六重奏曲と同様に最近よく聞いているのがピアノ五重奏曲である。

        特に3楽章、4楽章のピアノの跳ねるような歯切れの良い響きは格別である。

        ハンガリー舞曲を編んだブラームスならではのどこかに歌心を感じさせる調べ。弦楽器と勝負するような毅然としたピアノのリリシズム。本当に魅力的である。

         

        今日もブラームスに酔いしれたい気分である。

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        ソングバード再び クリスティン・マクヴィーの歌に酔う
        音楽 / カーソン・ライダー 
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          JUGEMテーマ:音楽

           

          リンジー・バッキンガムとクリスティン・マクヴィーが組んだ最新アルバムその名も「リンジー・バッキンガム/クリスティン・マクヴィー」を衝動買いした。

          二人とも、元フリートウッド・マックのメンバーである。

          1970年代を代表するモンスターアルバム「噂」は1400万枚以上を1年間で売り上げ、グラミー賞の最優秀アルバム賞にも輝いた。

          集録されている楽曲は粒ぞろい、まさに捨て曲なしの完璧なポップアルバムであった。

          当時、自分は高校生。

          「すごいアルバムが出たぞ。」とクラスでも洋楽好きの仲間内では評判になり、貪るように聴いたものだ。

          その中でも、シングルカットされた楽曲以上に心に残ったのが「ソングバード」である。

          ヴォーカルはクリスティン・マクヴィー。

          当時はルックス的にスティービー・ニックスの方が若くて可愛いということで人気が高かったようであるが、自分は断然クリスティン派であった。

          魅力はその声である。

          「ソングバード」を聴いたとき、本当に鳥肌が立った。

          そのクリスティン・マクヴィーの声が帰ってきた!

          4曲目の「赤い太陽」もいいが、何と言っても最終曲の「カーニヴァル・ビギン」である。

           

          カーニヴァルの始まりよ

          全てを受け入れるの

          負けてしまうかも、勝つかもしれない

          新しいメリーゴーランドの人生

          カーニヴァルの始まりよ

           

          クリスティン・マクヴィーがフリートウッド・マックに戻ってきたのだ。

          再出発の歌だ。ソングバード再び!

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          見た目ってなんだ? ラブリィ!
          読書 / カーソン・ライダー 
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            久々の青春直球小説「ラブリィ!」(講談社)を読んだ。

            第57回講談社児童文学新人賞受賞作である。

            人の見た目、外見ってなんだという問いかけのもと、その意味を真摯に考えようとする主人公である中2の拓郎の姿に共感した。

             

            長い間、見た目について考え続けてきたオレだけど、今の渉おじさんの話を聞いて、見た目に対する「かわいい」とか「そうじゃない」っていう決めつけは、世間っていうサングラスをかけて見ているのと同じじゃないかって思った。サングラスを取って、自分の目で見て感じたものが本当なんだ。

             

            サングラス=色眼鏡。

            余談ではあるが、本を読み終えて時にふと岡林信康の「歪んだサングラス」を思い出した。

            色眼鏡でものを見る愚かさを皮肉った楽曲である。

             

            「世の中の多くの人は見た目で判断するかもしれないけど、オレは信じるぞ!世の中見た目じゃねえ!大事なのはここだって!オレが証明してやる!」

             

            大人なら鼻白むような言葉がストレイトに心に届くのは、世間という色眼鏡に毒されていない拓郎の心を、誰もがもっていた時代があるからだろう。

            読後感の爽やかな佳作である。

             

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            ブラームスの圧倒的な魅力
            音楽 / カーソン・ライダー 
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              JUGEMテーマ:音楽

               

              ブラームスの音楽の圧倒的な魅力にはまっている。

              とりわけ4曲の交響曲の素晴らしさである。

              いま、聴いているのは交響曲4番、ジョージ・セル指揮のクリーブランド管弦楽団の1960年代の演奏である。

              セルの折り目正しい一点の曖昧さも感じさせないフレージングや透明な音色は20世紀オーケストラ演奏の極点とまで言われている。

              そのセルのお眼鏡にかない、1964年クリーブランド管弦楽団の副指揮者に選ばれたのが、ジェームス・レヴァインである。

              そのレヴァインの指揮するウィーン・フィルを率いての1994年のライブが、私のこの4番のベストである。

              この交響曲はブラームスの「人生の秋」を表現したものとして知られ、孤独や寂寥感が際立つ演奏が多い。

              たとえば、クレンペラーの堅牢な演奏に如実に表れている。

              しかし、レヴァインの手にかかると、そのどちらかというと陰鬱な厳かさが影を潜め、どこか明るくやわらかな演奏に姿を変えるのである。

              明快な音の輪郭が鮮やかな音像を作り出している。レヴァインならではの独自な音楽空間といってもよい。

              第4楽章の有名なバッサカリア。31の変奏を締めくくる最後のホ短調の和音の響きは実に晴れやかで、この演奏の白眉である。

              ブラームスの交響曲に刺激される形で、昨日は図書館に行ってブラームスに関連する本をじっくり読んでいた。

              音楽家の人となりについて読むのはベートーヴェン以来である。

              様々な音楽家とのつながりが書かれており、大変興味深かった。

              特に印象的だったのはクララ・シューマンとの関りである。

              晩年、シューマンの第4交響曲の初稿の出版をめぐって、二人の関係に決定的といってよいほどの亀裂が生じる。

              完璧主義で自分の考えを決して曲げることのなかったブラームスもことクララに対しては驚くほど謙虚で恭順な態度を示し、ピアノ小品集を贈ることで、関係の修復を図ったというエピソードが強く心に残った。

              この夏はブラームスのその他の作品にもじっくり耳を傾けてみたい。

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              ネクスト・フェイバリット
              ミステリー / カーソン・ライダー 
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                JUGEMテーマ:読書

                 

                以前、フェイバリットの定義についてこのブログで記したことがある。

                例えば、好きな作家として名前を挙げるには最低でも著作物を10冊以上読んでいることが条件である。

                自分で勝手に決めた定義である。

                逆に言えば、10冊以上読んでいる作家は「お気に入り」といってよいと考えている。

                いま、フェイバリットの仲間入りに最も近いのが佐藤正午と石持浅海である。

                佐藤正午は寡作な作家ゆえに10冊に到達していないだけで、個人的にはストーリーテラーとしての才能は日本でも3本の指に入ると思っている。凡作や駄作のない作家である。

                 

                いま、図書館に通って読んでいるのは石持浅海である。

                今月に入り、このブログでも紹介している通りである。今日は「見えない復讐」を読了した。

                正直、期待外れで終わった。

                ミステリーとしての質だけでなく、物語として面白くなかった。また、読後感が非常に悪かった。

                復讐の動機という根幹にかかわる部分があまりにも希薄なために、主人公たちの考える大仕掛けともいえる復讐劇に全く共感できず、それ以上に、小説とはいえ人の命をあまりにも軽く、雑に取り扱うかのような描写には閉口した。

                新たなチャレンジのつもりであったのだろうが、ロジカルな謎解きという石持浅海らしさは見られず、ただの凡作いや駄作という領域を超えられなかった。残念である。

                その後、読み始めたおなじみの座間味くんという安楽椅子探偵物は新味はないにしろ、安定感を感じながら読むことができた。

                ただ、ややこじつけと思われる推理も見られ、平凡作の域は出ていない。

                石持浅海自身相当数の作品を上梓しているので、素晴らしい作品もあるのであろうが、なかなか「これぞ!」という作品に出逢えていないのが正直な感想である。

                このままだと決定打のないまま、フェイバリットの仲間入りというおかしなことが起きてしまう。まあ、初めて読んだ「顔のない敵」は好きであるのでいいのだが・・・ なんとなくもどかしい思いをしている。

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                ブラームス・デイ
                音楽 / カーソン・ライダー 
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                  JUGEMテーマ:音楽

                   

                  昨日、今日と「ブラームス・デイ」である。

                  古今東西、数多ある交響曲の中で、一番好きな曲は何かと問われた時に、その時の心象風景もあるだろうがベートーヴェンの交響曲と並んで間違いなく上位に挙げるのがブラームスの交響曲1番である。

                  この曲をひたすら聴いていた時期があった。2014年のことである。

                  精神的に参っていた時期からやっと回復の兆しを模索していたころの話である。

                  ブラームスの交響曲はわずか4曲しかない。その理由は、彼が尊敬する偉大なる先人であるベートーヴェンの不滅の交響曲の偉容に畏怖を感じていたからである。

                  交響曲1番の着想から発表までになんと21年も要した。

                  ブラームスとロマン主義を代表する作曲家というイメージが一般的であるが、彼は古典派の作曲家を敬愛した。

                  流行りの標題音楽やオペラには全く見向きもせず、ひたすらに絶対音楽としての音を希求した。

                  個人的にはロマン主義というより新古典主義という表現のほうがしっくりくる。

                  ブラームスは容貌からは想像できないほど、自分の甲高い声にコンプレックスをもっていたといわれる。それ故か、人とのコミュニケーションの取り方が下手で、敵も多くつくった。かなりの毒舌家でもあった。

                  ワーグナーやブルックナーとの対立は有名である。

                  しかし、根は優しい一面もあり、ブルックナーの葬儀には会場の片隅で佇み、哀悼の意を表したというエピソードもある。

                  そんな彼が作った交響曲は全てが傑作である。

                  ただ、やはり群を抜いているのが1番である。

                  昨日一日中、いろいろな指揮者や演奏者の1番を聴き比べて過ごしていたのだが、飽きるということがない。

                  特に4楽章のベートーヴェンの第9にも似ているといわれるメロディに至る、ホルンの調べのたとえようもない美しさといったら言葉にできない。この旋律は彼が愛を感じていたクララ・シューマンに捧げた歌である。

                  そして、激しく対立したワーグナーさえ唸らせた「ヘンデルの主題による変奏曲とフーガ」の管弦曲版編曲。

                  久々に音楽の至福を堪能した。そして、クレンペラーとセルの交響曲全集を注文してしまった。

                  3年前のブラームスに浸っていた苦しい時期が愛おしく思い返せる今夏である。

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                  ブルックナーの交響曲を聴く
                  音楽 / カーソン・ライダー 
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                    JUGEMテーマ:読書

                     

                    今まで聴いてこなかったクラシックの作曲家の作品を聴いている。

                    最近、魅力を感じているのがブルックナーである。

                    特に、交響曲3番と9番を好んで聴いている。

                    3番は、別名「ワーグナー交響曲」とも呼ばれているもので、あのワーグナーに献呈した作品としても知られている。

                    献呈されたワーグナー自身に「ベートーヴェンの交響曲の後を継ぐ作曲者がいるとしたら、ブルックナー君だ。」と言わしめた作品でもある。

                    テンシュテットによるライブ盤を聴いているのだが、ドライブ感あふれる胸のすく演奏である。

                     

                    9番はブルックナー未完の作品であるが、荘厳という言葉がぴったりの曲である。

                    こういう曲を演奏させたらやはりバーンスタインだなと思わせる、ウィーンフィルの演奏である。

                    厳かな中から幽かに立ち上ってくるような光を感じさせる演奏とでもいおうか。

                    メロディとかリズムとかそういう世界とは別次元の音楽がそこにある。

                    音楽の圧倒的な力の恐れ入るばかりである。

                     

                     

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                    石持浅海のミステリー
                    ミステリー / カーソン・ライダー 
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                      JUGEMテーマ:読書

                      自分の読書の傾向として、同一作家の作品を連続して読むというものがある。

                      いまは、石持浅海の作品を読んでいる。

                      「届け物はまだ手の中に」(光文社)を先日読み終えた。

                      ロジカルシンキングが冴えわたる一編であるが、それ以上にこの作品を際立たさせているのが、状況設定である。

                      誰が?どのようにして?を問うのではなく、「なぜ、主人は部屋から現れないのか?」「部屋では一体何が行われているのか?」を考えさせるミステリーである。

                      そして、最後の意表をつく結末。

                      ブラックユーモア的なその結末には唖然とさせられた。

                      新感覚のミステリー。

                      一気読み必至の作品である。

                      そして、続けて「見えない復讐」(角川書店)を読んでいる。

                      復讐の相手が個人ではなく大学機関という「法人」であるならばという問いかけから物語は始まる。

                      これも一気に3分の2ほど読み進めた。

                      先に紹介した「届け物は手の中に」ほどロジカルな思考による謎の解明までには至っておらず、復讐の動機もインパクトを読み手に喚起するほどのものではない。いわゆる平凡作というものであろう。

                      だが、残り3分の1で一気に面白さの加速ということも考えられる。

                      楽しみしている。

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