シューベルト弾き 田部京子のピアノ

2017.05.04 Thursday 21:48
0

    JUGEMテーマ:音楽

     

    前回のブログの続編である。

    シューベルトの「白鳥の歌」であり、そのメロディの静謐さを湛えた美しさはシューベルトの楽曲において最高峰ともいわれているピアノソナタ21番を早速聴いた。

    日本の誇るピアニストの一人である田部京子の演奏である。

    録音は1993年。

    この演奏において、ニューヨーク・タイムスでも「新たなシューベルト弾きの誕生」と絶賛紹介された。

    なるほど、素晴らしい演奏である。

    第1楽章は楽曲の内面に隠れている美しさを引き出すようなタッチであり、第2楽章においてはさらにそれを深化させている。

    第3・4楽章においては一転、伸びやかでコミカルなかわいらしい表情も見せてくれる。

    その指さばきは見事である。

    今までは、自分にとってこの21番の決定版は、ベルマンの演奏であった。

    田部京子以上に、第1・2楽章はピアノのタッチを極力抑えた内省的な演奏である。

    それがもどかしいという人もいるであろうが、自分の描くシューベルトの音像には一番しっくりくるものであった。

    だが、今日聴いた田部京子の演奏はそれに負けずと劣らぬ名演である。

    楽章ごとのメリハリという点ではベルマンの演奏を数段上回っている。

    しかし、一番驚いたのはカップリングされている「3つのピアノ曲(即興曲 遺作)」である。

    まさに死の間際に書かれた作品である。

    シューベルトが自分の死を予測していたとは思えないが、その曲想は根底にメランコリックな仄暗さを湛えながら、時折見せる明るさや激しさ、ハッとするような転調や抑揚など、自由度の高い楽曲となっている。

    この曲でも田部京子の演奏は際立っており、その表現力に圧倒された。

    しばらくは聴いていたい名演である。

     

    シューベルト生誕220周年

    2017.05.04 Thursday 17:59
    0

      JUGEMテーマ:音楽

       

      今年はシューベルトの生誕220周年である。

      今日の読売新聞に興味深い記事が載っていた。

      1980年にアジア人初のショパン・コンクールで優勝したダイ・タイ・ソン(ベトナム出身)さんの言葉である。

      「大切な何かを失った後、涙が乾ききって深い痛みだけが残るのに、心に平安を感じさせる。人生の痛みを訴える内向的な音楽だが、ベートーヴェンが人類愛を掲げて痛みと戦うのに対して、シューベルトに怒りはなく、自分の世界に籠って死を見つめる。」

       

      その言葉を象徴しているのが、以前にこのブログでも紹介したピアノソナタ21番である。

      仰ぎ見るべートーヴェンのピアノソナタの楽曲群を超え、シューベルト独自の世界観を見事に描き切った楽曲である。

      この曲の美しさはたとえようもないものである。

      それは悲しみと表裏一体の儚いものをいとおしむような美しさである。

       

      個人的に一番好きなのはベートーヴェンであるが、一番美しい楽曲はシューベルトの創造したものであると思う。

      今日は、久々にピアノソナタ21番に心をゆだねたい。

      こうふく みどりの 

      2017.05.04 Thursday 17:24
      0

        JUGEMテーマ:読書

         

        いいなあと思う作家に出逢うと、恋をしたように読み漁ってしまう。

        その傾向は高校時代から続いている。

        いま、心を奪われているのは西加奈子である。

        今日は「こうふく みどりの」(小学館)を読了した。

        参った。

        何だろう?この圧倒的な魅力は。

        「こうふく あかの」「円卓」でも感じたが、登場人物の造形描写が実にうまい。ひとりひとりの存在感がくっきりとした輪郭をもって行間から立ち上ってくる。

        主人公である高校生「辰巳緑」を取り巻く家族の物語が軸になって展開する。

        西加奈子ワールド全開である。

        小気味よい大阪弁。緑を取り巻く人々の温かさ。

        その中に、はさまれる何やらミステリアスな手紙。

        この手紙の意味が明かされるのは、物語の最終盤。そして明らかになる衝撃の真実。

        こう書くと本格ミステリーのようであるが、そうではない。あくまでも家族の物語である。

        核となっているものは、大好きな人をわが物にしようと純粋に思う情念には狂気が孕んでいるということである。

        狂気ゆえに悲劇がともなう。

        しかし、どんな悲劇であろうとも、自分の目の前の道をおいそれと踏み外すことはできない。

        最後に、アントニオ猪木の引退試合での言葉が、象徴的に引用されている。

         

        この道をゆけば どうなるものか。

        危ぶむなかれ。

        危ぶめば、道はなし。

        踏み出せば、その一足が道となり、その一足が道となる。

        迷わず行けよ。行けば分かるさ。

         

        それぞれの登場人物の人生は一般的な幸福とは相いれないものかもしれない。

        むしろ、過酷さや厳しさが垣間見える人生である。

        だが、読み終えて希望の光が細くとも幽かに見えるような気がするのは、よろめきながらでも確かなある人を愛し、その人の愛を信じ支えにして生きようという力が感じられるからだ。そこに心揺さぶられるのである。

        西加奈子に参っている。

        SPLIT COCONUT

        2017.05.03 Wednesday 18:50
        0

          JUGEMテーマ:音楽

           

          数日前、柳ジョージの音楽について書いた。

          その柳ジョージは和製クラプトンとよばれ親しまれてきたわけだが、実は、本人はクラプトンはあまり好きでなかったということを音楽雑誌で述べている。

          好きなのは「デイブ・メイスン」であると。

          デイブ・メイスンはスティーブ・ウィンウッドも在籍していたトラフィックのギタリストであった。

          1970年代にどちらかといえば実験的なサウンドで人気を博したバンドあること知ってはいるが、じっくり聴いたことのないバンドである。スティーブ・ウィンウッドといえば、クラプトンと結成した「ブラインド・フェイス」が有名であり、そちらの方は聴いたことがある。

          柳ジョージつながりで、初めてデイブ・メイスンのアルバムを聴いてみた。

          1975年に発表したソロアルバム「SPLIT COCONUT」である。

          レイドバックしきったともいえるサウンドが耳に心地よい。

          無駄に力んだところがなく、ブルースを基調とするギターの音色はすうっと体に入ってくる感じである。

          ボーカルも歌心を感じさせる味わいで、柳ジョージと相通じる所もある。

          バディ・ホリーのカバー曲である「Crying,Waiting,Hoping」。

          「Give Me a Reason Why」「Long Lost Friend」。お気に入りのサウンドである。

          夕暮れの空が紫色に移ろう頃に最適な音楽である。

          円卓 宝石のような一冊

          2017.05.03 Wednesday 12:34
          0

            いま、読書では西加奈子にはまっている。

            昨日も「円卓」を読み終えた。

            今年に入ってから30数冊の本を読んできたが、一番笑い、最後にはジーンとくる本のベストワンである。

            主人公のこっここと渦原琴子は小学3年生。

            家族に愛されながらも、普通でいることを嫌い「孤独」に憧れる少女である。

            こっこの口から飛び出す言葉は鉄砲のような勢いをもつ大阪弁。

            そのテンポのある会話に引き込まれながら物語は進んでいく。

            こっこを取り巻く人々の造形描写が素晴らしい。

             

            同級生の吃音のぽっさんとの最後の会話は胸に迫る。

            「ひ、ひとりにして、す、すまんかつた。」

             

            不整脈をかかえる朴くんの凛としたたたずまい。

            三つ子の姉のこっこに対する優しさはあたたかい。

            母親が円卓に並べる料理に食欲をそそられる場面も多い。

            極めつけは「麻婆春雨茄子豆腐」。想像しただけでおなかがなり、涎が出てきそうだ。

            家族の喧騒を嫌い、いつも飄々としている祖父の石太が静かにこっこに寄り添う中盤の場面は永遠に心に刻まれる。

            小説における名場面のひとつである。

            「死ぬのがこわいいうことは、生きることを大切にすることやろ。」

            また、サイドストーリー的な姉の朋美が祖母の誕生日に向けて帽子に真剣に刺繍する部活動の様子など、心に残る場面が至るところで出てくる。そこも大きな魅力である。

             

            それにしても最後の数ページにはやられた。お見事の一言。

            絶望を希望に変える奇跡。「炎上する君」で表現した希望が姿を変えて蘇る。

            宝石のような一冊である。

            VACANCY

            2017.04.30 Sunday 20:41
            0

              JUGEMテーマ:音楽

               

              港のバーの止まり木で 羽を休める

              タフが取り柄のセーラーの背中でさえ

              小さくて やけに淋しく映って見える夜さ

               

              週末の街を離れ 街並みを見下ろせる

              安モーテルはVACANCY

              鍵さえ壊れている

              曇り空に 街灯は遠く

              暗闇の中 独りで膝をかかえて

               

              I DON’T WANNA BE HEARTACHE

               

              霞んでいる月にそう話しかける

               

              I DON’T WANNA BE HEARTACHE

               

               

              柳ジョージの「VACANCY」ばかり、立て続けに聴いている。

              空っぽの心をかかえた男の姿は、映画の中のシーンのようだ。

              柳ジョージの嗄れた声が哀愁を醸し出す。

              沁みる・・・

              硬文学の代表格 中島敦を読む

              2017.04.30 Sunday 18:51
              0

                JUGEMテーマ:読書

                 

                深い余韻に浸っている。

                中島敦「李陵」「名人伝」「山月記」を読んだ。

                漢学の深い知識に支えられたこれらの作品は、まさに比肩するものがない。

                屹立した文学者である。

                あとがきの林望の言葉に、漢文の読み下しのような文体なので難しさは当然あるが、語釈がついているんでさっと見てどんどん読み進める魅力があるという主旨の内容があった。

                まさにその通りである。

                確かに、最初とっつきにくさはあるが、「李陵」などはその内容の濃密さやスピード感にあおられるように一気に読み通してしまつた。実におもしろいのである。

                中島敦の作品は小説という形態をとってるので一応「軟文学」であるが、性質的には硬文学そのものである。

                これが、中島敦の文学の近代日本文学史における特異さである。

                旧知の作家、深田久弥は中島敦の文学を「ますらおの文学」と呼んだ。

                小説全体を覆う弓をひいたような緊張感。それでいて、スピーディな展開。ドラマ性。

                大好きである。

                最高傑作はやはり「李陵」であろう。

                その中で描かれる「李陵」「司馬遷」「蘇武」という3人の人間ドラマはすさまじい迫力で胸に迫る。

                読み終えた時の感動が心に押し寄せる。幸せな読書体験である。

                33歳で夭折した中島敦が死ぬ間際に書き表した作品であるということも、この小説により深い味わいを与えているのであろう。

                 

                中島敦の小説は、解説など全くなくても芸術として自立している。

                文庫本の解説の中に出てくる言葉である。納得である。

                 

                切なさに心締め付けられる・・・柳ジョージの名曲

                2017.04.29 Saturday 10:52
                0

                  JUGEMテーマ:音楽

                   

                  吉田拓郎と並び、我が青春の曲の中に柳ジョージの楽曲がある。

                  大学時代、大好きな女性がいたが、みごとに片思いをしていた。

                  そんなときに聞いていたのが「星空のサザンクロス」。

                  そんなことをふと思い出し、さっきI TUNESで衝動的に数曲をダウンロードしてしまった。

                  いま、傍らでかかっているのは「ムーンライト・アップ・ザ・ナイト」、武道館完全版versionである。

                  実にいい。自然と体が動くというかスイングする感覚。

                  柳ジョージならではのノリである。

                  日本人の琴線に触れるメロディ。それはどこかで「演歌」に似ているかもしれない。

                  心に馴染むのである。

                  詩も小難しさは一切なく、ストレートに届く。それがいい。

                  こういうアーチストが稀有になってしまった。

                  似たような曲調、バンドスタイル。金太郎飴的な歌詞。

                  作家の村上龍も語っていたが、極論をいえば、日本のポップスは瀕死に喘いでいる状態である。

                  たとえば、いま大人気の星野源の何がいいのかさっぱり理解できない。

                  歌詞の力ひとつとっても竹原ピストルの足元にも及ばない。

                  メロデイラインは個人の趣向があるだろうが、歌詞は決定的だろう。

                  話を戻そう。柳ジョージだ。筋金入りのブルースを聴かせてくれるアーチスト。

                  アルバム「VACANCY」収録の、ポップスの王道ともいえる「悲しき街角」のこのブルージーさは何だ。

                  実に秀逸である!

                  スローテンポの中にも、歌心満載の楽曲に仕上がっている。痺れる。

                  同じく「遥かなる夢」。切なさにぐっと心がしめつけられる。時よ止まれ。

                   

                  こういう人生だけは送りたくない!

                  2017.04.29 Saturday 07:02
                  0

                    JUGEMテーマ:日記・一般

                     

                    こういう人生だけは送りたくないなあと思う瞬間がある。

                    例えば、通勤電車の帰りの車内。

                    テレビ情報の月刊誌を嬉しそうに見て、テレビ番組をチェックする人生。

                    何だかすごく悲しい気持ちになってくる。

                    果たして、自分の大切な時間をテレビ番組に奪われることが損失だとは思わないのかということである。

                     

                    勿論テレビ番組すべてを否定しているわけではない。

                    自分自身、朝の出がけや帰宅後の夜など、情報としてのニュース番組は必ず見る。

                    しかし、それ以外はほとんど見ない。たまにスポーツの国際大会の中継を見るくらいである。

                    なぜ、見ないのか?

                    見るべき価値を見いだせないからである。

                    ドラマにしても各局似たりよったりの刑事ものや愛憎なかばするような恋愛ものばかりが溢れ、脚本にきれのあるものはない。そもそもわが国では脚本家の存在が極めて薄いものになってはいないか?そんな気がする。

                    バラエティにしてもあまり新味の面白さは見えてこない。クイズか旅&食か芸能人いじり。陳腐である。

                     

                    ならば、本を読み、クラシック音楽を聴いて過ごすこと方が絶対的に有意義である。

                    年齢を重ねるにつれて読書量は増えている。

                    益にもならないことに時間を使うことほど無駄なことはないと気づくからだ。

                    世知辛い世の中で、ストレスの多い毎日だからこそ、心からリラックスできるものに浸れる時間が必要不可欠である。

                    喧騒と下世話なスキャンダルを垂れ流しにするテレビ番組にうつつを抜かす時間など私にはない。

                    だから、今日も図書館で本を読む。そして、教え子たちと語らいながら酒を飲む。

                    トマホーク1000発 アメリカの先制攻撃への期待

                    2017.04.24 Monday 21:37
                    0

                      JUGEMテーマ:ニュース

                      北朝鮮の朝鮮人民軍創建85周年を25日に迎え、金正恩政権による新たな挑発に備えるため、日米韓は警戒を強めている。

                      これは今日の夕方の時事通信の記事である。

                      アメリカと北朝鮮のチキンゲームは逼迫の度合いを高めている。

                      確かに攻撃を仕掛ければ、無傷というわけには行かず、アメリカにとっても同盟国である韓国及び日本などの被る被害を考えれば、何をいっても慎重にならざるを得ないという識者の意見も根強い。

                      そうは言っても、トランプと金正恩である。

                      常識的な理屈が通る指導者とは到底いえない。今日もFM放送の番組で戦争になるかいなかはつねに五分五分という危機感をもっていなければならないと軍事アナリストの小川和久氏が語っておられた。

                      まさにその通りであると思う。

                      今まで、まさかアメリカと北朝鮮では戦争にはならないだろうと高をくくっていた日本人も本当の意味での国防について考える時機がおとずれているのだと思う。

                      アメリカの核の傘に入っていれば事足りるではなく、日本という国を守るために何が大切なのかを自分事ととして問いかけるべきである。

                      北朝鮮が用意しているノドンなどのミサイルを迎撃するシステムは日本では不十分である。なぜなら、数機単位のミサイルなら迎撃できるが、一度に多数ミサイルを発射されれば対処のしようがないからである。

                      それほどに北朝鮮の軍事力は向上進歩してきている。

                      そうならないように、通常でもロナルド・レーガンなどからトマホークを300発は発射できるようになっているのだ。

                      この事実は北朝鮮の人なら誰でも知っているが、知らないのは日本人だけとさきの小川氏は苦笑していた。

                      平和ボケもここまで悪化してきているのである。

                      私は、個人的にはまともな対話のできない北朝鮮の言動や威嚇にびくびくしながら生きるより、ミサイル発射や核実験をするおそれがあると察知したなら、アメリカの先制攻撃に期待する。

                      それはサージカル・ストライクである。外科手術的攻撃と訳す。核施設やミサイル拠点などを、トマホークなどの精密誘導兵器を使ってピンポイントで叩くものだ。攻撃の主力は、イージス艦や巡航ミサイル原潜、護衛艦部隊で、日本海、黄海の両方から2時間ほどで最大1000発のトマホークを撃ち込むことが可能である。これが成功すれば、北の軍事拠点は壊滅的な打撃を受けるはずであるという。理想は話し合いによる平和的な解決であるが、現実としてそれが難しいことは自明の理である。拉致問題も含めて。

                      ならば、日本を守る意味でも先制攻撃はやむなしと考える。

                      未来の日本の国防を考える運命の日はもうすぐである。

                       


                      PR
                      Calender
                       123456
                      78910111213
                      14151617181920
                      21222324252627
                      28293031   
                      << May 2017 >>
                      星座占い
                      天気予報
                      ようこそ!
                      ブログパーツUL5
                      Selected entry
                      Category
                      Archives
                      Recent comment
                      • 村上春樹の世界にはまっていく
                        うなぎ
                      • 「幸福な生活」 最後の一行の鮮やかさ
                        藍色
                      • 過剰なセキュリティがストレスの原因
                        うなぎ
                      • 田中正造の言葉
                        noga
                      • 国防軍という言葉
                        村石太ダー&コピペ星人
                      • 衆議員選挙を前に考えたこと
                        noga
                      • 規範意識の欠如したアメリカ軍の正体
                        noga
                      • シリアがかかえるキリスト教徒の複雑な事情
                        Takeo Watanabe
                      • 天声人語に物申す!
                        嫌チャイナ
                      • 2030年原発ゼロは嘘八百 国民愚弄内閣の正体
                        noga
                      Recent trackback
                      Link
                      Profile
                      Search
                      Others
                      Mobile
                      qrcode
                      Powered
                      無料ブログ作成サービス JUGEM