全くの私見であるが、以前このブログで日本文学の最高到達点に位置する作品は村上春樹の「ねじまき鳥クロニクル」と記したことがある。何をもって最高到達点と言えるかであるが、それはいたってシンプルである。
読み応えがあるだけの長編であるばかりではなく、読み終えた後で、「読んだ。」という満足感に収束するのではなく、「読み終えたくない。」「まだまだずっと読んでいたい。」という至福感に心が満たされるか否かである。
ランニングハイならぬ読書ハイというものかもしれない。
先のよめない展開。ミステリーあり戦争についての寓話あり、恋愛あり。ごった煮の魅力でありながら、一貫してスタイリッシュ。
そして、今日久々に物語の語りとしての魅力を堪能できる凄い作品に出逢った。
佐藤正午の「鳩の撃退法」(小学館)である。
佐藤正午といえば一番好きなのは「身の上話」である。ミステリーという範疇にとどまらぬ、一人の女性・ミチルの転落していく様をサスペンスフルに描き切った人間小説であった。そして、最後に待ち構える衝撃の真実。読み終えたあと、しばし呆然。
まさに物語の力を堪能させてもらった。
そして、最新刊「鳩の撃退法」である。1000ページの大長編であるが、一気読み間違いなしである。
かつては直木賞に選ばれながらも、誰が自分の書き物など読むのだろうとデリヘリのドライバーをこなしながら怠惰な生活を送っている小説家 津田伸一。
2月28日。運命の一日。家族失踪事件の被害者である幸地秀吉とのドーナツショップでの出会いが、何もかもの始まりであった・・・
カートに詰め込まれた疑惑の大金。郵便局員の失踪。鳩とは何か?
事実と津田自身の推測とがネガポジの如く綾を織りなしながら、物語は局面を変えながらノンストップに進んでいく。
失踪事件の真実とは?大金の意味は?
そして、最後はさすがに佐藤正午である。こういう落ちの付け方は誰にでもできるものではあるまい。
ストーリーテリングの達人の面目躍如である。
「だが、僕には何もわかっていない。今夜、自分が果たした決定的な役割を。まもなく、人間に姿を現す一匹目の鳩。つまり、世間を大いに騒がせる最初の偽札事件に、僕自身がすでに一役買っている事実を。」
おそるべき傑作である。