八代目桂文楽の「寝床」は狂歌の引用で始まる。「まだ青い素人(しろと)浄瑠璃玄人(くろ)がって赤い顔して黄(き)な声を出す」。大店(おおだな)の旦那が己の声のひどさも省みず、下手な義太夫を店子たちに語って聴かせようとして一騒動、という噺(はなし)である。音は時に大きなストレスをまき散らす▼むろん癒やし系の音もある。帝京大医学部の新見正則(にいみまさのり)准教授(54)らは、音楽の面白い効果を実験で見つけた。その研究が、人々を笑わせ考えさせる業績に贈られる「イグ・ノーベル賞」医学賞を獲得した▼
マウスの腹に別のマウスの心臓を移植する。自分の心臓はそのまま動いている。移植した心臓の方は拒絶反応にあって、8日後には止まる。ところが、手術後にベルディのオペラ「椿姫」を聴かせ続けると、平均26・5日も動き続けたという▼モーツァルトを聴かせてみると、これも平均20日ほど動いていた。ただのノイズでは影響がなかったというから、名曲の力だろう。美しい調べが拒絶反応を弱めた。つまり、体内に入った異物を攻撃する免疫の作用を弱めたということらしい▼同僚記者が新見さんに聞いたところ、免疫細胞はいわば侵入者に目を光らせる警官だ。音楽によって警官の数自体は増えるのに、異物をあまり敵視しなくなる。なぜそうなるのかはまだわからないという▼「病は気から」は本当かも、と思わせる結果だ。臨床に役立つと新見さんは期待している。あれこれ想像してみる。ジャズならばどうか。義太夫でも名人のなら効くだろうか。
昨日の
「天声人語」である。
非常に興味深い内容である。
クラシック音楽の生理的な面での効能の大きさについての記事であるが、私事として実感しているのは、精神的にも大きな影響を及ぼすのではないかということである。
私がクラシック音楽に浸るようになったきっかけはタワーレコードでの偶然の視聴である。
ベートーヴェンのピアノ協奏曲であった。
天啓を受けたかのような心地よい衝撃であった。
それ以来、クラシックの虜になったのであるが、不思議なことが起こった。
イライラすることが減り、にこやかに他人に接することが増えたのである。
当然、笑顔でひとに接していればいらぬ衝突は避けられる。
また、素敵な女性との出逢いも各段に増えた。
その時にはクラシックの影響とは思っていなかったのだが、どうやらそうであるのではという思いが確信に近いものになっている。
さらに不思議なことにクラシックの話題で気が合う女性の多くは穏やかな美しさをたたえている人が多いということである。静謐な美。
生理的な効能に関しては理由はわからないということであるが、癒しなどという言葉を超えた、奇跡的な力がクラシック音楽には宿っているものと信じたい。
いま、バックには
シベリウスの「悲しきワルツ」が流れている。
北欧らしい物悲しくも美しい旋律である。