アメリカの作家の中で最も好きな一人であり、ミステリーという範疇を超えるいわば「人間小説」ともいえる作品を紡ぎだしているのが、トマス・H・クックである。
静かな語りの物語は、サスペンスとかスリルといった言葉にはそぐわない。
そういう意味では1ページ、1ページをまるで大切な宝物箱のひもをほどくかのように読んでいく醍醐味がある。
今は昨年、文春文庫から久々に刊行された「沼地の記憶」を読んでいる。
トマス・H・クックの名を一躍有名にしたのは90年代に発表された「記憶4部作」といわれるものである。
個人的には「死の記憶」が一番、心に鮮烈な印象を残した・・・
また、タイムリミット型の「闇に問いかける男」の最後の余韻は今でも心に楔のようにひっかかったままだ。
この「沼地の記憶」では殺人を犯した父親をレポートにするその息子と教師が主人公である。
テーマはずばり「悪」である。
昨日、今日と作品を味わいながら読み進めているがすでに330ページを読み終えた。
しかし、この小説の着地点が分からない。
分からないというのは嘘で、分かりそうなのだが分からないといったほうがクックの作品にはあてはまる。
しかし、語り口の見事さにはほれぼれする。純文学の作品を読んでいるようだ。
作品のもつ奥の深さも見事だ。
人間のもつ因業を描かせたら彼の右に出るものはいないだろう。
過去と現在がオーバーラップする書きぶりも彼ならではのものだ。
熟練の筆致を思う存分味わっている。素晴らしい作家だ。