きみが還る場所−無償の愛について考えた−

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    VOICEに続いて市川拓司の恋愛小説「SEPARATION」を読み終えました。
    VOICEに登場する「悟」と「裕子」の別の状況設定での小説です。
    その状況設定とは、結婚後、身ごもりながらも尊い命を流産してしまうことをきっかけにして、妻である裕子の体に異変が起き始める。それは、若返り現象、つまり精神は24歳でありながら、肉体だけが急速に過去へと遡行していくというストーリー。
    小説ならではのありえない設定であるにもかかわらず、一気に引き込まれていくのはどうしてだろうと考えてしまいました。
    それは、以前に紹介した乙一の「失われた物語」にも共通する部分です。
    小説家の発想の豊かさといってしまえばそれまででしょうが、自分は純なものが失われつつある今だからこそ、純粋なものに惹かれていくのではないかと思います。
    この小説を書き終えた後のインタビューで著者の市川氏はこの作品のテーマは無償の愛だと語っています。無償の愛。果たして存在するのだろうか。そんなことを行間を読みながら、考えつつもこの小説の悟と裕子の会話ややりとりに自分の心が絡めとられている。
    そして、胸が苦しくなる。切なくなる。哀しくなる。そんな読後感が残りました。
    印象に残ったシーンは数多くありますが、心に響いた言葉を2つ紹介します。
    「多くを求めた時、人は真実を見失うんだと思う」
    「時間は人の心が決めるものだ。ならば−1秒を永遠にすることだってできるはずだ。その中で、僕は裕子を愛せばいい。」

    ひとりぼっちのかいぶつといしのうさぎ

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      読み終わったあとで、また読み返す。そんな絵本に久々に出逢いました。
      記事のタイトルにもつけた「ひとりぼっちのかいぶつといしのうさぎ」。
      作者は「計り知れない才能の持ち主」と絶賛を浴びているイギリスの絵本作家クリス・ウォーメル。あまりの風貌の醜さゆえに動物からはうとまれ、にげられ、植物は枯れ、天気からも見放されたひとりぼっちの怪物。
      その怪物がとった行動とは、岩を削って動物をつくること。
      しかし、作り終えた作品に微笑みかけるだけで、その醜さゆえにこなごなにくだけてしまうありさま。でもたったひとつだけ壊れなかった動物がいた、それは、うさぎ。
      勿論、石でできているため、会話もできず、共に遊ぶこともできない。けれども、怪物はとてもとても喜び、石でできたうさぎをいとおしんだ。
      そして、月日は流れ醜い怪物はさらに老いて醜くなり、死を迎えることに・・・
      最後のシーンの絵は、数ある絵本のラストシーンの中でもベスト5に入る余韻を私の胸に残してくれました。

      切ないよ。悲しいよ。−VOICE−

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        「いま、会いにいきます。」でお馴染みの市川拓司の処女作であり、文庫化された「VOICE]読みました。
        愛する人といつまでも一緒に寄り添って生きていたいという一体感への渇望と、愛するゆえに別離を選ばざるを得ないという心苦しさの中で、ストーリーは静謐な文体とともに展開していきます。
        最期の悟と裕子の電話での別れの場面は心に痛さを伴って突き刺さりました。
        「俺は、いまでも五十嵐さんのことを想っているよ。だからー。」
        「わたし」彼女が僕の言葉を遮るように言った。そして、僕は突然悟った。
        彼女は僕の知らない遠い場所へ行こうとしている。彼女の心の声がそれを告げていた。
        「私は」彼女が言った。
        「井上君のことを忘れたことはないし、これから先も絶対忘れないと想う・・・」
        ぼくは失い、失い続け、そしてまた大事なものを失おうとしている事実に、打ちのめされそうになった。「ぼくらは、もう一緒になることはないんだね。」
        やがて、裕子が涙で震える声でこう言った。
        「井上君の声が聞けてよかった・・・井上君が私の名前を読んでくれて、すごく嬉しかった・・・・・」(ほんとうは、一度でいいから「ゆうこ」って呼んでほしかった・・・)
        そして、小さく、さよならと囁く彼女の声が聞こえ、電話は途切れた。
        ここだけ読むとただの恋愛小説のくだりじゃないかと思うでしょうが、主人公の悟(井上君)は裕子の心の声が聞こえるからこそ、別れを選択するのです。愛する人の心が聞こえてしまうことの苦しさ。加えて、悟は肉体だけでなく精神も病んでいる・・・
        読んでいて辛くなりました。愛するがゆえに別離を選ぶ。自分には経験のないことだけど、胸が苦しくなりました。
        裕子が悟にあてた最期のVOICEとは。僕は正直泣きました・・・

        一気読み・興味津々ルポ 「封印作品の謎」

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          書店で何気なく手にとってぱらぱらと読んでいるうちに思わずはまってしまうという経験ありませんか?
          そんな一冊に出逢いました。それが「封印作品の謎」という元産経新聞社の記者が書いたルポルタージュ。
          封印された作品として紹介されているのが、ウルトラセブンの第12話「遊星より愛を込めて」、「怪奇大作戦」の第24話「狂鬼人間」、そして手塚冶虫の代表作「ブラックジャック」の第41話「植物人間」、第58話「快楽の座」など。
          これらの作品とシンクロしながら生きてきた私にとっては、驚きの事実でした。
          これらの封印作品のキーワードは「被爆者」「刑法39条」「ロボトミー」。
          あとがきで、著者の安藤健二氏も述べているように、これらの作品は氷山の一角であり、共通しているのはどの作品も1970年代のものであるということ。その時代、言い換えれば自分にとっての中高生の時代は、表現する側も抗議する側もそれなりの腹をくくりながらガチンコの闘いを繰り広げていたという熱い時代だったということだということはひしひしと感じました。
          硬派なルポの番組がほとんど消えかけている現状に比べると、ある意味発信する側と受けてとの間で確執もあるけれど、馴れ合いではない本当の意味での双方向のコミュニケーションがとれていたのではないかとも思います。
          ちなみにウルトラセブンの12話の脚本は佐々木守、監督は実相寺昭雄。この2人の名前でピンとくるのは前シリーズのウルトラマンでも異色の作品となった「ジャミラ」が登場する「故郷は地球」。僕はロケットに乗ったまま行方不明になった宇宙飛行士が怪物になったこのジャミラを子供心にも勧善懲悪という一元的な見方で見ることができませんでした。それだけにこの二人のつくったこの12話のテーマも同等であると思います。
          しかし、受け手によっては許せないという見方も起こる。そういうせめぎあいをする中で本当の反核って何なのかという本質に対する自分のスタンスというか、あり方をも考えさせられる。このルポを読んで改めてそう思いました。

          気になる記事−週刊アジアより−

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            朝日新聞の6面。週刊アジアの中で、気になる見出しを見つけました。
            「学校あきらめ違法労働」
            タイとインドでの13歳〜15歳までの子どもたちの違法労働の実態が記されていました。その中でも、最も心に痛かったのは、虐待を受けても抗議できずと小見出しのついたインドの少年のケース。
            ニューデリー南部の屋台食堂で働いている、13歳のラジェシュ君は東部にあるジャルカンド村から知り合いのおじさんに連れられて来られたケース。
            毎日、正午から午後5時。そして、午後8時から夜中の0時過ぎまで働かされる。しかし、月給の2900円は「大きくなるまで預かる」と言われ支払われてはいない。
            当然のことながら、家計を支えるためで、小学5年生のときから学校へは行ってない。だかた、搾取も同然の不当な労働条件にもかかわらず、抗議する知恵がないため、雇い主には好都合という、子どもにとっては悲惨な悪循環を生んでいるのです。
            果たして、こういう事実を日本の子どもたちに伝えたときに、どんな反応を示すのでしょうか。「日本でよかった。インドはひどい。」で終わるのでしょうか。
            他者への想像力。日本の子どもたちに一番つけなければならない力は、私個人としてはこの力ではないかと考えています。

            ドタバタ誘拐の顛末は?

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              荻原 浩「誘拐ラプソディ」を読み終えました。
              あるのは前科と借金だけの典型的に駄目な主人公、伊達秀吉。死のうと思い立って死に場所をあてどなく探すも、本気で死ぬ根性もなく、ひょんないきさつから拾った、小学1年生の伝助を誘拐することを試みるも、伝助の親父は名の通った暴力団の組長。そこに、香港マフィアとの勢力争いもからみながら、急場しのぎの展開で、物語は展開していきます。
              しかし、秀吉と伝助との間には奇妙な信頼関係がいつしかできて・・・
              私が読んでいてジーンとしたシーンは、息子の身を案じて、母親が逆探知の時間3分をもたせるために塾の講師を装って秀吉に電話をするクライマックスに近いシーン。
              秀吉の心の内側から発せられる伝助を思う言葉が響きました。
              「あいつは生まれてから3回しか電車に乗ったことが無いんです。だから、いままでに乗った電車の色やカタチ、車掌の制服や、車掌が喋った言葉のすべてを、全部覚えているんだ。普通、だれもこんなことしない。いや、大人にはやろうたってできない。つまり・・・・・うまくいえないけど・・・・大切なことっていうのはそういうことだ。案外どうでもいいものだったりするんだ。何の役にも立たない、何のトクにもならない、そういうことが大切だったりするんだ・・・・・
              このドタバタ誘拐にはもうひとつ大事な伏線があります。それは、幼くして分かれた秀吉の弟、秀次との回想。そして、伝助の幼稚園時代の友達が、県警の警部補の黒崎の倅だということ。やくざひとりひとりの人間描写もおもしろく、楽しく読書を満喫しました。

              許すということ−イチローへの手紙−

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                「イチローへの手紙」という絵本があります。
                イチローとはあのメジャーリーガーのイチロー選手のことです。しかし、イチローを題材にはとってはいるものの、テーマは野球ではなく「許す」ということです。
                第二次世界大戦での日米戦争を体験するおじいちゃんをもつ、主人公のヘンリーは親友のオリバーと喧嘩をしてしまう。「死ぬまでずっと嫌ってやる」と・・・
                そんなヘンリーをおじいちゃんはマリナーズの本拠地であるセーフィコ球場へと連れて行く。そして、語る。
                「アメリカと日本が仲直りするなんて、永遠に来ないだろうって60年前には思っていた。」
                「じゃあどうして仲直りしたの?」
                「そりぁ、仲直りしたほうが得だとおもったからだろうな。貿易とか。でも一番の理由は、過去のことは水に流して前に進みたかったからだと思うな。」
                「時間をかけるんだ、仲直りするには、時間が必要なんだよ。時間だけじゃないぞ。相手のことを思いやることも大切だ−お互いにね。それが一番大事だとおじいちゃんは思うな。」
                「それにもうひとつだけ大事なことがある。仲直りするのは、心が正しい状態になきゃいけなんだ。」
                「正しい状態って?」
                「心が開かれた状態さ。」筆者のジーン・デイビス・オキモト氏は日系人を縁者にもちます。同時にアメリカ人でもある、つまり、テロを許さない国家に生きているわけです。
                子どもでも、大人でも、国家間でも「許す」という行為がどれだけの勇気がいることなのかを静かに語りかけてくれます。そして、純粋にアメリカで野球の素晴らしさを体現している日本人イチローを称えている。
                許しの向こう側にある、憎しみのない未来。それは理想かもしれないけれど、可能なことだと教えてくれている気がします。

                ふたり★おなじ星の上で

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                  今日、書店で目に留まった一冊の絵本。
                  「ふたり★おなじ星の上で」。文は谷川俊太郎さん、写真は第2回の国境なき医師団フォトジャーナリスト賞を受賞された谷本美加さん。
                  内容はインドにすむ9歳の少女「ラマデビ」ちゃんと、日本の普通の9歳の小学生であるさいたま市に住む「春佳」ちゃんの生活を対比して描いているという極めてシンプルな構成です。
                  しかし、そのシンプルさの中に考えさせられることがぎっしりつまっています。たとえば、お母さんのページ。
                  ラマデビちゃんのお母さんは、一日中、人の畑で汗だくで働いて25ルピー(70円)。春佳ちゃんのお母さんは週に3日お友達の店を手伝って6万円。
                  または水のページ。ラマデビちゃんの家には水道がない。朝早く起きて水汲みをするのが仕事。しかし、水のでる時間はたったの1時間。
                  春佳ちゃんの家ではいつでもどこでも水だけでなくお湯もでる。
                  加えて、決定的に違うことは、ラマデビちゃんは9歳にして一日を綿花摘みの労働に追われ、学校に行っていないこと。そしてラマデビちゃんのようなインドの少女が摘んだ綿花が、私たち日本人の多くが着ているTシャツになるということ。当然、自分がラマデビちゃんは綿花がTシャツになるという事実を知らない。なぜなら、綿花は中国の紡績工場で加工されるから・・・
                  豊かな国日本にいてできることは、豊かさを支えているものとは何なのかを具体的に想像することだと思います。他者への想像力が欠けたところからは冷たさしか生まれません。
                  しかし、豊かな国日本にないものがラマデビちゃんの故郷にはある。
                  それは、星が降り注ぐ漆黒の夜。谷本さんの素晴らしい写真に心奪われてしまいました。

                  喪失から希望への物語

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                    「あなたがいたから生きていける」の帯の言葉に惹かれ、手にした一冊の本。
                    柳 美里の新作「月へのぼったケンタロウくん」
                    愛するあばあちゃんを失いひとりぼっちになったおじいちゃん。
                    愛する人に新たな好きな女ができたためにひとりになったおかあさん。
                    しかし、そのときにはおかあさんのおなかの中には新たな命の芽生えが。
                    そして、ひとりぼっちどうしがふたりで暮らすところから始まる物語。
                    末期がんに冒されたおじいちゃんが赤ちゃんが生まれるまでは死ねないと必死の思いで生きる姿の描写は心にぐっと迫ります。
                    そして、「ケンタロウ」と命名したおじいちゃんは、生まれてからまだ日も経たないうちに天国へ旅たっていく・・・
                    「いま・・・夢を・・・見た・・・けんたろうくんが・・・立っているんだよ・・・両足で・・・すくっと立って・・・六歳くらいかな・・・雪が・・・降ってて・・・けんたろうくん・・・会いにきてくれたんだねって・・・声をかけたら・・・にっこり笑って・・・うなづいてくれたんだよ・・・」これが最期のお母さんへの言葉。
                    そして成長したケンタロウくんの6年後、月で待っているというおじいさんに果たして会いにいけるのか。奇跡はどんな形で起きるのか。興味を持った方はぜひ読んでみてください。私はラスト5ページは何ともいえないジーンとしながらも温かな気持ちに包まれました。

                    ありがとうの言葉をかみしめる

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                      先ほども関東甲信越地方で地震があったとニュース速報が流れました。
                      大きな天変地異でも起きはしないかと不安がよぎります。
                      地震といえば、3月の石川県能登地震が想起されます。私の親友も被害にあった一人です。
                      その被災者が避難所になった小学校や公民館を去る姿がニュースで先日報じられていました。齢80を越すであろうおばあちゃんが、「本当に親切にしてもらい、ありがたかったです。」と腰を曲げて深々とお辞儀をなさっていた姿が印象的でした。
                      輪島市の小学校の教室には「大切な教室を使用させていただき、ありがとうございました。」と心のこもった文字が記されていたそうです。
                      被災された方の今後は先行きが明るいとは言い切れないにもかかわらず、素直に「感謝」の気持ちを伝えられるその気持ちに、私は何か明るい希望を感じます。
                      弱い立場にありながらも、自分を卑下しない、相手を思う気持ち。美しい人間の姿だと思います。なやみや辛いことはいろいろあるけれど、がんばろうという気持ちを被災者の方の姿から私はいただくことができました。「ありがとう」の言葉の意味をかみしめるそんな時代に私たちは生きているのではないでしょうか。

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