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憲法記念日に考える
記事 / カーソン・ライダー 
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    JUGEMテーマ:日記・一般
    「路上の接吻(せっぷん)は処分すべきか」「西郷隆盛と大久保利通、どちらが偉い」。明治初めのある集会の議題だ。当時山村だった東京の五日市町(現・あきる野市)で毎月3度開かれた有志の討論会である。議題の大半は国制に関するものだった▲「出版を全く自由にしてよいか」「国会は2院を要するか」「上院議員の選挙区をどうする」「議員に給料を与えるべきか」「女帝を立てるのはどうか」「陪審を設けるべきか」「志願兵制の利害得失はどうか」−−この山村で人々は国のかたちを熱心に論じたのである▲その成果は当時として画期的な人権条項を備えた五日市憲法と呼ばれる憲法草案になった。このような自由民権運動の時代の私擬憲法と呼ばれる草の根憲法草案は60以上の存在が知られている。だが、民間の草案の着想が明治憲法に直接盛り込まれることはなかった▲近年の知見によると、それらはむしろ戦後の民間憲法草案を通して占領軍に影響を与え、現憲法に生かされたという。国民主権の規定も民権運動家の植木枝盛の草案から戦後民間案に引き継がれ、憲法に反映された(小西豊治著「憲法『押しつけ』論の幻」講談社)▲さて「首相は公選制、国会は1院制へ」−−橋下徹大阪市長率いる大阪維新の会の提唱が世の耳目を集める中で迎える憲法記念日だ。9条など既成政党の従来の論点に加え、その政党による「決められない政治」への草の根の不満が国のかたちを問い直す今日である▲「日本国の最上権は日本全民に属す」と先の植木草案は記す。おかげで最上権を得た今日の日本全民だ。「論憲」の質において先達に劣るようでは情けない。

    今日の「余禄」である。

    憲法記念日にふさわしい内容である。

    幕末の志士にしても明治の自由民権運動の運動家にしても、真剣にこの国の行く末を案じ、国難を憂え行動していたことがよくわかる。

    主権者となった現代に生きる私たちはその主権を本当に最大限生かしているといえるのか。
    説得力のある言葉をもたない政治家。言い逃れに終始する不祥事を起こした会社の社長をはじめとする上層部。
    そういう人間がこの国のリーダーであることが大きな不幸なのである。

    私は個人的には橋下氏の提言に賛成である。
    役に立たない国会議員に高額な給料を払う必要はない。

    派閥の争いで天下国家のリーダーを決める愚挙を捨て去る時だ。

    東日本大震災は大きな国難であったが、翻って、国民一人一人に何が大切で、何が本当に必要なのかどうか。国家のあり方はこれでいいのかという大きな問題提起をしてくれたと考える。

    考えていないのはぼんくら頭の国会議員どもだ。
     
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