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待望の絵本化 フランドン農学校の豚

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    JUGEMテーマ:読書

     

    以前このブログで記したことがある。

    宮沢賢治の童話の中で、どうして「フランドン農学校の豚」は絵本化されないのかということについて。

    ところが、2年前、2016年にミキハウスで刊行されていたのである。

    まさに待望の絵本化である。

    なぜ、いま刊行なのか。

    私見であるが、「食育」が学校教育の中でも大切な役割として位置づけられ、生命尊重が愛玩動物の愛護にあるだけでなく、生きていくためには動物を飼育し、殺し、食べるという行為こそが「生きる」ということなのであるということに目を向けさせるという意味合いが込められているのではないかと感じた。

    それを賢治は動物の目線に立って考えた絵本である。以下の言葉に賢治の心情は込められている。

     

    さればまことに豚の心もちをわかるには、豚になってみるより致し方ない。

     

    「おおい、いよいよ急がなくちゃならないよ。先頃の死亡承諾書ね、あいつへ今日はどうしても、爪判を押して貰いたい。別に大した事じゃない。押して呉れ。」

    「いやです。いやです。」豚は泣く。

    「厭だ?おい。あんまり勝手なことを云うんじゃない。その体は全体みんな、学校のお陰で出来たんだ。これからだって毎日、麦のふすま二升阿麻仁二合と玉蜀黍の粉五合ずつやるんだぞ、さあいい加減に判をつけ、さあつかないか。」

     

    森達也の「いのちの食べかた」では、動物を屠殺する人々=屠場で働く人々への差別の問題にも踏み込んでいる。

    世界一食べ物を廃棄し、食料自給率は主要先進国においては最低の国日本。また、生産者の高齢化に伴い、2030年以降耕作地は荒れ放題、後継者は大幅減になるという予想もされている。まさに死活問題である。

    そういう「食」について考えなくてはならないことが多い我が国において、この絵本はひとつの問題を提起している。

    読むべきは子どもではなく、大人である。

     


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