スポットライト(BOOK SIDE STORY2018)

本や音楽を思いのままに紹介する。
それでも言葉にこだわり、思いを伝えたい・・・
そして思いの中に魂を込める。
虚飾を排し、嘘を捨て去る。

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2018.08.15 Wednesday

人生のバイブル 周五郎の小説

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    夏季休暇中である。

    しかし、何もしなくても時は無常に過ぎていく。

    休みは来るまでを待っている時が一番楽しいというのは真実だろう。

    さて、8月に入り、読書欲は止まらない。

    司馬遼太郎の「国盗り物語」の面白さに歓喜し、立て続けにいま山本周五郎を読んでいる。

    定番の物語の展開ではあるのだが、それでも語りのうまさに引き込まれて飽きないし、何といっても読後感のよさは絶品である。

    「艶書」「ならぬ堪忍」(新潮文庫)を読破した。

    「艶書」の中の「五月雨日記」が特に心に響いた。

     

    「どんな過ちでも、この世で取り返しのつかぬことなどない。人間はみな弱点をもっている。誰にも過失はある。幾度も過ちを犯し、幾十度も愚かな失敗をして、そのたびに少しずつ、本当に生きることを知るのだ。・・・・それが人間の持って生まれた運命なのだ。」

    これと同様の言葉が「艶書」でも出てくる。

    山本周五郎の心の底にある人間観が滲んでいる。

     

    そんな言葉を綺麗ごとだと笑う人もいるだろう。そんな言葉が通用するほど世の中甘くないよと嘯く人もいるだろう。

    しかし、自分は思う。

    人間の心の裡にある善なるものを信じる気持ちがなければ、世の中は何も変わっていかないのではないかと。

     

    苦しみや辛さや、醜さやいやらしさを経験し、そういうものに鍛えられてこそ人間は成長していくものだという周五郎の言葉が肺腑をえぐる。苦しみや辛さのフィルターを経てなお、正論や綺麗ごとを堂々と主張できる志をもちたい。そのためには己の生き方に対して相当の覚悟が必要である。

    周五郎の小説は、人生のバイブルである。


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