LATEST ENTRIES
RECENT COMMENTS
RECENT TRACKBACK
ARCHIVES
CATEGORIES
OTHERS
SEARCH

新記録!同一作家連続読破記録。
読書 / カーソン・ライダー 
0

    新記録である。

    ここ連続して司馬遼太郎の作品を読み進めているのであるが、文庫本になおして22冊連続して読んでいる。

    同一作家をこれだけ連続して読むのは初めてである。

    今は「播磨灘物語」を読み終えて、徳川家康を描いた「覇王の家」を読んでいる。

    それも一気に上巻を読破し、下巻である。

    司馬遼太郎の凄さとは小説世界の物語の読みやすさに加えて、膨大な史実資料を駆使しての客観性を浮かび上がらせようとしていることではないかと思う。

    読書レビューなど読んでも、教室では習わなかった歴史のおもしろさを語っている声が多い。特に幕末期から明治維新の作品はその白眉ではないかと思う。

     

    「覇王の家」にしても固陋なほどの三河武士としての誇りをもち、華美をきらい虚飾を徹底的に排した家康と信長及び秀吉の対比が実に興味深く描かれている。

    凡才の家康が天下人になり得ただけでなく、300年という泰平の世を作り上げるその土台となった哲学とは、

    「侍に知略才能あるはもとより良けれども、なくても事は欠かぬなり。ただひたぶるに実直なれば知能をもつに及ばず、武士として義理に欠けたるは、打ち物の刃がきれしごとし」(中泉古老物語)

    つまり、ただひたぶるに実直あるのみという考え方である。

     

    家康はその人生において、謀殺を試みたことがないということが述べられている。よって知略をめぐらせる参謀も実質もたなかったし、決断を人の見識にゆだねるということもしなかった。

    また、陣法などは甲斐の武田信玄の模倣そのままであり、才のなさを隠すことなく、他の良さをそっくりまねるという徹底した合理性でカバーした。独創性や先見性はないが、現実を徹底的に見据えることにかけてはおそらく比類がないのではないだろうか。

    いま、読んでいてそう思う。

    まさに教室では習わない司馬史観である。だから、すこぶる面白いのである。

    | comments(0) | trackbacks(0) |
    pagetop
    << サンタクロースの物語 聖ニコラウスと風刺画家 トマス・ナスト | main | 世界との差は歴然 日本のサッカーの現実 >>
    スポンサーサイト
    - / スポンサードリンク
    0
      | - | - |
      pagetop









      url: http://grantgreen.jugem.jp/trackback/1345

      02
      --
      1
      2
      3
      4
      5
      6
      7
      8
      9
      10
      11
      12
      13
      14
      15
      16
      17
      18
      19
      20
      21
      22
      23
      24
      25
      26
      27
      28
      --
      >>
      <<
      --