<< 「歳月」 佐賀藩士 江藤新平の物語 | main | 信号機のない横断歩道は自動車優先!? >>

圧巻の法廷劇 江藤新平VS大久保利通

0

    自分自身にとって、司馬遼太郎の長編としては4作目となる「歳月」を読了した。

    佐賀の乱の「敗北」を認めてから、西郷隆盛を頼って薩摩、そして、最後の望みを託しての土佐藩への逃亡。

    しかし、一縷の望みもついえ、ついには政府の怨敵 大久保利通に捕縛されるまでの江藤新平の行状は実にスリリングである。

    そして、何と言ってもその裁判における大久保利通がとった方法は、空前絶後、前代未聞の殺人法廷劇であった。

    「忍人」とは己の目的の遂行のためなら、いかなる残忍非道な手段も選ばない人間という意味である。

    江藤新平は大久保利通という敵の怨念の凄味を見誤ったのである。

     

    かつての江藤の弟子ともいえる河野敏鎌を報奨金を渡して断罪のための裁判長にすえ、江藤自身が編纂した刑法ともいえる新法を無視し、旧法でも前例のない政治犯に対する罰として非道な極刑である「梟首刑」を言い渡させた。

    大久保利通にとって必要なのは法律ではなくあくまで政略であり、是が非でも江藤を刑殺することで、全国にくすぶり続ける士族の不満を力づくで沈静化させるねらいがあった。

    そして、天皇の代理に東伏見宮嘉彰親王をたてることで、己の非道な行いに天皇からのお墨付きをもらうという念の入れようであった。日本史上稀代の策謀家といわれた男の生の姿を見る思いがした。

     

    このあたりが司馬史観の表れであり、賛否があるところなのだろうが、こと大久保利通に関していえば後世に残すための「大久保日記」が残っており、「忍人」と揶揄された実相とさして違いがないのではないだろうか。

    大久保利通にしてみれば、日記を残すことで己の行為の正統性を後世の人々に伝えたかったのだろうが、どう考えても肯定的にとらえることはできないだろう。

     

    いずれにしても、裁判の場面における二人の緊張感あふれる対峙は凡俗な法廷ミステリーを凌駕するほどもおもしろさであり、ページを繰る手をとめることはできなかった。

    江藤新平の法廷での公式的な言葉の最後は「裁判長、私は・・・」である。

    何を語ろうとしたのか。興味を尽きない。

     

     


    コメント
    コメントする









    この記事のトラックバックURL
    トラックバック
    calendar
    1234567
    891011121314
    15161718192021
    22232425262728
    2930     
    << September 2019 >>
    selected entries
    categories
    archives
    recent comment
    recent trackback
    links
    profile
    search this site.
    others
    mobile
    qrcode
    powered
    無料ブログ作成サービス JUGEM