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鬱との長い闘い 年間100冊読破をめざして
雑記 / カーソン・ライダー 
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    JUGEMテーマ:日記・一般

    今年、2017年の大きな目標のひとつに「年間100冊読破」がある。

    今だかつて自分自身成しえていない記録だ。

    本好きであることはあつたが、年に30冊の時代もったし、最近になって50冊以上に増えた。

    就職して、結婚後はちょうど仕事の面で忙しい時期と重なり、土日であっても一日中仕事というワーカホリック的な生活を送っていた。

    その頃の土日の過ごし方を振り返ってみると、全く楽しみのない無味乾燥な疲れだけとる休日であったことを苦い経験として思いだす。当然の帰結か、肉体的にも精神的にもボロボロであった。

    以前にも記したが、鬱病も発症した。

    鬱病を「完治」とは言わない。「寛解」である。

    先月、私の先輩であり、仕事の面での恩人でもある先生に会って酒を酌み交わしたのだが、鬱病を発症して、元の状態に戻った人間は私しかしらないといってくれた。つまり、いかに「寛解」が難しいかということである。

    自分自身、振り返ってみると、妻をはじめ、友人、先輩、後輩と周囲の人に恵まれたと思っている。

    また、主治医の先生との出会いも大きかった。

    横浜の二俣川で開業している「あおばクリニック」の角田先生である。

    実は精神的に変調をきたした時、聖マリアンナ大学の附属病院をまず初めに訪れた。

    そして、紹介してもらった病院の医者は、まるで私のことを「仕事を怠けたい人間」のような蔑んだ目で見つめ、苦しさをいくら訴えても全く取り合ってもらえなかつた。

    そんなどん底にいた私を救ってくれたのが角田先生である。

    心療内科や精神科は、普通の科と違い紹介状がないと初診でみてもらえないのが通例である。

    打ちひしがれ藁をもつかむ気持ちでそのクリニックを訪ねたのであるが、受付では最初無下にも断られた。

    ところが、先生が私の様子を待合室まで見に来てくれて、あまりの落ち込みの酷さから急遽診察をしてもらえることになったのである。診察もおざなりの受答えではなく、じっくり時間をかけて、私の辛さに耳を傾けてくれた。

    今から思えば、この出会いがなければ、「寛解」の道は閉ざされていたかも知れない。

    人との出会いの中でも、医者との出会いは人生を大きく左右するものだと思う。

    角田先生はユーモアの人である。話していると思わず笑ってしまうことが多い。

    私がいま、毎日「笑顔」を大切にしている原点は、このあおばクリニックの診察室にあるのかもしれない。

     

    鬱病発症時は全く本が読めなくなった。男性は新聞などの活字が読めない。女性は化粧をしなくなる。というのが鬱病のひとつの大きな兆候である。

    その苦しい時代を超えて、今は土日で2冊をきちんと読めるまでに元気になった。そのことを本当にありがたく思う。

    100冊読破は自分が鬱に負けずに生きてきた証でもある。だから挑戦する。

     

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