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GW後半スタート イライラの時間が過ぎていく・・・
雑記 / カーソン・ライダー 
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    JUGEMテーマ:日記・一般

     

    5月初書き込みである。

    GW後半とはいえ、家で仕事をしようと思い立ち、パソコンで電源を入れたところまではよかった。

    ところが、つい最近まで使えていたスキャナーが稼働しないのである。

    アプリの起動ものろのろと遅く、スキャン開始ボタンを押せるところまでたどり着いたのだが、全くうんともすんとも言わない。

    使いたいときに、思い立った時に役に立たないのがWINDOWSパソコンである。

    今までに何度、貴重な時間を無駄にしてきたことか。

    私の体調悪化の特に精神面での不調原因の一端はWINDOWSパソコンといってもいい。

    それぐらいにイライラを引き起こす頻度が高い。

    当然、ぶつぶつと文句を言うことも多くなり、神経性の下痢にも陥り、家族からの不評も買うことにもなる。

    ひとつも楽しいことがないまま、大事な一日が過ぎていくことが腹立たしい。

     

    救いと言えば、探していた本「平城京再現」が見つかったことか。

    今日のイライラをどう鎮めるか?思案中である。

     

     

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    カイリーミノーグ 「GOLDEN」
    雑記 / カーソン・ライダー 
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      JUGEMテーマ:日記・一般

       

      あれは何だったのだろうか?

      アクセス数が自分のブログ史上初の月間10000越えをしたと記したのが先月末。

      一転して今月は低空飛行。

      まあ、その方が気が楽でもあるし自分のブログにふさわしいといえるのであるが、今から思えば「摩訶不思議」ともいえる出来事であった。

       

      最高のポップ・アルバムに出逢った。

      カイリーミノーグの新作「GOLDEN」である。

      正直、カイリーミノーグが全盛期の時代は全く見向きもしなかった。

      はじめは30年前。再ブレークを果たした15年前。

      ユーロビート系のダンスミュージックを歌う女性という浅い認識しかなかった。

       

      ところが、今回のアルバムはカントリーテイストがピタリとはまった捨て曲一切なしの傑作である。

      「A Lifetime to Repair」「One Last Kiss」

      繰り返して聴いている。

       

      「A Lifetime to Repair」 直訳すれば、修復するための生涯ということになるのであろうか。

      何だか、こと恋愛に関しては、同じ失敗を繰り返している自分にとっては意味深な楽曲である。

      軽快なカントリーの調べにのりながらも、きっと傷ついた思いが語られているのであろうが、カイリーミノーグの歌声は実にキュートである。50歳近い女性の声とは思えない。

      またひとつ、愛聴盤が増えた。

       

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      続 数字に踊らされる生活
      雑記 / カーソン・ライダー 
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        JUGEMテーマ:日記・一般

         

        以前、「数字に踊らされる生活」というタイトルでブログを記したことがある。

        検索元を調べると、その記事にアクセスしてくださる方が多いということが分かり、共感していただく部分があったのかなと感じた。

        年月を経て、その続きである。

        インスタ映えという言葉が流行語になるくらい、SNSにおいて写真や動画を載せて発信することは当たり前になってきている。

        それがアクセス数やフォロワーを生み出しているのは紛れもない事実であろう。

        それとは対極にあるのが、私のような文字だけのブログである。

        武骨そのもの。

        正直言って、その時読んだ本や聴いたCDの記憶を残しておくためのものというニュアンスが強い。

        それでも、発信するからには読んでもらいたいという欲も湧いてくる。

        そして、いつの間にアクセス数に一喜一憂するということになる。

        つまり無意識に数字に踊らされているというストレスを抱えこむことになる。

        そんな数字など余計なものとまで言わないけれど、少なからずひとりでも自分の発信した声に目を向けてもらえればいいと腹をくくった時にくだらない呪縛から解き放たれたような気がした。

        するとどうだろう。

        アクセス数を気にしていた頃に比べて、アクセス数が増えるという現象が起きてきた。全くもって不可思議である。

        ブログスタイルを変えたわけではない。

        写真など皆無。無味乾燥、自分の思いを文字に託しているだけ。11年間、全く変わってはいない。

        それでいてこの3月は11年間で初の月間10000アクセス以上達成。

        首をかしげながらも、ありがとうとつぶやいてみる・・・

        けれど、正直怖い気もする。2桁のアクセス数の方がホッとするのはなぜだろう。

        そもそもそれほどのことを書いているわけではないという自覚があるからだ。

        ロバート・クレイの「ストロング・パースエイダー」を聴きながら数という怪物に慄いている。

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        2018年読み初め 胡蝶の夢
        雑記 / カーソン・ライダー 
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          JUGEMテーマ:日記・一般

          2018年初書き込みである。

          あと一週間で誕生日を迎える。57回目である。

          特別な感慨はないが、退職後の人生に思いをめぐらせるようにはなってきた。

          光陰矢の如しである。

          だからといって、若い頃に戻りたいとか、昔はよかったなどと思うことは一切ない。

          何故なら、今が人生史上で最も本を読んでいるし、好きなことが多くなり充実しているからである。

          今年の読書初めは司馬遼太郎「胡蝶の夢」である。

          文庫本でいえば4巻という大長編である。いま、4巻目の半分を読み終えた。

          時代は幕末期。オランダの医学を通じて、徳川260年の鎖国体制の強固な礎ともいえる「身分差別制度」からの転換を夢に見、実践を図った医師 松本良順を軸とする物語である。

          個人的には司馬遼太郎は戦国期よりも幕末期の物語が一番おもしろいと思っている。

          その期待にたがわぬ内容である。

          以前から吉村昭の名著「冬の鷹」などを通じて、蘭学に傾注し解体新書を表した前野良沢や杉田玄白の物語に心惹かれるものがあった。

          時代的にはそれよりかなり後ではあるが、やはり興味深いものがあった。

          我が国の西洋医学の発展に大きな影響を与えた国はまぎれもなくオランダである。

          そのオランダのポンぺという軍医官に良順は心から心服する。

          ポンぺが教えたこととは。

          「一個の生命を守るだけでは意味をなさない。社会全体から病気を守らればならない。それが医師の義務である。義務は、本来、報われることを期待しないものである。」

          この当時の日本にとって「社会」とか「義務」という概念は、未知の思想であった。

          医学も医師も市民のために存在するものであり、患者に差別があってはならないという考え方が良順の身分制の変換という実践への大きな動機づけになるのである。

          「穢多・非人」を改めることを15代将軍慶喜に直接具申し、慶喜自身もその日の内に改めるようにお触れをだす場面などを読むと、歴史の表舞台では決して語られることのない事実が浮き彫りになって面白い。

          この決断から実行の速さは驚嘆すべきものがある。今の愚昧な政治家は何かを学ぶべきであろう。

          語られることの少ない、悲劇の将軍である14代家茂と死をみとった良順のやりとりには胸を打つものがある。

          「医者はよるべなき病者の友である。」

          ポンぺのこの言葉を実践するように、家茂の生涯の最後の短い時間を共にすごしたのは良順であった。

          死の直前、家茂に同衾を請われる場面があるのだが、どこか滑稽でありながら生涯孤独であった家茂の悲痛さが浮き彫りになってくる。

          また、新選組との深いかかわりも興趣をそそられた。価値観が全く違うはずの良順と近藤勇がなぜ兄弟の契りを結んだのか等。

          心に永遠に残る本との出会いを愉しんでいる。

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          イライラのもと ネット通販の抱える問題点
          雑記 / カーソン・ライダー 
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            JUGEMテーマ:日記・一般

             

            最近はイライラすることを極力減らし、ストレスのかからない生活をしようと心がけているのだが、それでもイライラすることがある。

            ひとつは、ネットで注文した商品が届かないことである。

            時期的にも配達運送に手間や時間はかかるのであろうが、「商品は発送しました」とメールが届き、それから2週間たっても届かないということが連続して起こっている。

            その会社に問い合わせのメールを送信してもなしのつぶて。

            流石に腹立たしい思いである。

            時間がかかるのであれば、その旨の連絡がほしい。

            伝票番号を入力して宅配便の追跡をしようにも「コンピューター未入力情報です」などと表示される始末。

            しかも、商品は体質に改善しようというサプリメント。

            改善どころか、商品が届かないことでイライラしストレスをためる結果になっており、笑い話にもならない。

            ネットで簡単に買い物ができる便利な世の中になったが、一方で、何かトラブルが起きた際には今までにないストレスを抱えることにもなることを身に沁みて痛感している。

            最近は振込だけさせて、いつの間にか煙のように消えている幽霊会社のような手の込んだ詐欺サイトもあるとNHKのニュースでも報じられていた。

            何と年額2億を超える被害が出ているらしい。

            時間はかかってもFACE TO FACEでやり取りすることのよさを思い起こしている。

             

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            冬季うつ病・季節型情動障害について
            雑記 / カーソン・ライダー 
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              JUGEMテーマ:日記・一般

               

              先日、通院のため心療内科を訪れた際、一枚の張り紙が目に留まった。

              「冬季うつ病」についての内容であった。

              主治医に聴いてみると季節型情動障害とも呼ぶらしい。

              特に、冬季の紫外線の少ない北欧の人に多く見られる症状ということである。

              12月から2月の期間という限定された中で、倦怠感やだるさ、気力の低下、ひいては過眠や過食特に甘いものを欲するなどの症状があるということであった。

              話を聞いていて、自分にもその傾向はあるのではないかと感じた。

              実は今年も1月の下旬から2月にかけて体調を崩してしまった。気分も塞ぎがちになる傾向が見られた。

              単に寒さが苦手というだけでなく、バイオリズム的に自分には適さない季節であるということは薄々感じていたのであるが、その思いを強くした。

              原因ははっきりとしてはいないが、さきにも述べたように太陽の紫外線が関係しているらしい。

              日照時間が少なくなることで、体内時計をつかさどるメラトニンの分泌が遅れたり、光の刺激が減ることで神経伝達物質のセロトニンが減り、脳の活動が低下したりするといわれている。

              だから、午前中の日光浴が効果的ということだ。

              病院に行く以前から天気の良い日には日向ぼっこを最近こころがけていた。

              確かに、体が温まるだけでなく、午後の仕事への気分転換ができて体調もよかった。

              なるほどと思った次第である。

              太陽に浴びることで免疫力を高め、病気になりにくい体になるという話も聞く。

              改めて太陽の力を偉大さを痛感する。

              心のオアシス、図書館もいいが、天気の良い日には意識して日向ぼっこを楽しみ、心をリフレッシュさせる今冬にしたい。

               

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              サンタクロースの物語 聖ニコラウスと風刺画家 トマス・ナスト
              雑記 / カーソン・ライダー 
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                JUGEMテーマ:ニュース

                 

                街もテレビのCMも一気に年の瀬、クリスマスムードが高まってきた。

                横浜駅西口前のイルミネーションの輝きは眩しいほどだ。

                クリスマスといえば、サンタクロース

                サンタクロースは聖ニコラウスの物語に由来している。

                聖ニコラウスは小アジアのミュラという町の司祭であった。

                その町に父親と三人姉妹の暮らす貧しい家があった。

                「娘が三人いると家がつぶれる」という諺があるくらい、娘をお嫁にだすことは多くのお金がかかり、まして三人になれば、家は破産しかねない状態になるという意味である。

                長女は甲斐性のあるとは言い難い父親に頼るのをやめ、恨み言一つ残さず自分の身を売って妹たちの幸せをかなえてやろうと決意する。

                こんな噂が聖ニコラウスの耳に入った。

                見るに見かねた、ニコラウス。窓から財布をそっと投げ入れてやったのである。

                聖ニコラウスの施しは広く子どもたちのためではなく、自己犠牲を払おうとしていた健気な長女一人を助けるためのものであったのだ。

                そして、この時投げ入れた財布が偶然にも靴下の中に納まったという伝説が語り伝えられてきた。

                現在、定着しているサンタクロース像を作り上げたのはアメリカの風刺画家 トマス・ナストである。

                この人は腐敗した政治家を糾弾するような絵を描いてきた人で、リンカーンの「奴隷解放」を称えた理想主義者である。

                聖ニコラウスとトマス・ナスト。

                女性や弱き者に目を向けた二人がうんだサンタクロース。こういう話がとても好きだ。

                私も実はサンタクロース村の住民である。

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                ライフスタイルの変化
                雑記 / カーソン・ライダー 
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                  ライフスタイルの変化を実感している。

                  仕事とプライベートのオンオフの使い分けはここ数年、意識的に行ってきたので変化はないのだが、アフター5に限っていえば、ぶらりと飲みに行くことをやめて、自宅でのんびり過ごすようになった。

                  体調的にも疲れがとれにくいということも影響しているのだが、FMラジオを聴いたり、スポーツナビで見逃していた海外のサッカーを見たり、読書に浸ることに魅力を感じている。

                  年をとってきたといえばそうなのであるが、一人でじっくり過ごす時間はやはり格別である。

                  人とコミュニケーションを図ることは楽しい面もあるがそればかりではない。

                  どちらかといえば、億劫に感じる場面も増えてきた。

                  元来、特定の人間とつるんだり、群れたりすることが苦手なので、適度な距離感を保つことが大切なのである。

                  自分の書斎はわずか4畳半なのだが、蔵書とCDに囲まれ、閉所恐怖症の方には息が詰まるのかもしれないが、世界一落ち着ける空間である。

                  蔵書も多分2000冊近くあるのではないだろうか。

                  自分の精神の血となり肉となる、その滋養がこの蔵書である。

                  生きてきた年齢に応じて、大好きな作家も変わってきた。

                  今は、司馬遼太郎である。この2日間で最後の将軍 徳川慶喜を読破した。

                  今日も短編を読んでいる。誰にも侵されることのない幸せな時間が流れていく・・・

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                  石田三成の「正道」
                  雑記 / カーソン・ライダー 
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                    ハッピーマンデーなどというくだらない制度ができてしまったために祝日の意味まで薄れてしまってきているような気がする。

                    敬老の日にしてもそうだ。昔は9月15日であった。お彼岸の一週間前は敬老の日という感覚で覚えていたものだ。

                     

                    さて、その9月15日「関ケ原の戦い」の日でもある。

                    今年は映画化され、話題にもなっているが有利といわれた石田三成率いる西軍が徳川家康率いる東軍に敗れ、長く続く徳川時代=江戸時代への端緒となった戦いでもある。

                    そんなことは小学生でも知っている事実であるが、あまりにも秀吉への義を重んじた石田三成だからこその敗北という見方もできる。

                    家康の隙をついての夜襲を企てようとした重臣 島左近を止めたことや、最後まで秀頼を戦場に担ぎ出さなかったことなど、権謀術数に長けた狡猾な家康とはあまりにも対照的な「正道」を貫いた武士であった。

                    「正道」などという言葉はもはや今の時代では死語である。

                    だからこそ、石田三成 再評価の風が吹いているような気がする。

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                    電車内にて・・・ 躾のできない親たち
                    雑記 / カーソン・ライダー 
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                      最近、電車内での幼児を連れた親のマナーの悪さに辟易とさせられている。

                      つまり、公共の乗り物の中での躾ができない親たちが急増しているという実感を受けるのである。

                      わがままを言って泣きぐずり、ベビーカーから身を乗り出そうとしているにも関わらず、われ関せずとばかり自分のスマホの画面を眺めている若い母親。

                      乗り合わせたその他の客はみな一様に迷惑気な顔をして、厳しい視線を投げかけているのだが、気が付いているのか、無視を決め込んでいるのか無表情である。

                      降り際には、「赤ちゃんってぐずるもんですよね。文句ありますか。」とでも言いたげな居丈高な顔をして下りた。

                      やはり、その他の客の視線を感じていたということであろう。

                      たちが悪い。

                      先日もそうだ。小学校低学年の女児とその弟がわがまま邦題で叫び散らしている。

                      母親も父親も御義理程度に「静かに」とはいうものの、本当に静かにさせようという意志はなく、一緒にふざけている。

                      正面に座っていた私はあまりにもうるさいので、本を読み進めることができず。音を遮断するためにヘッドフォンを耳にかけた。

                      かつて、自分の息子たちが小さかったころ、やはり電車に乗ってどこかに出かける機会が多々あった。

                      小さな子どもが長時間じっとしていられるはずもなく、ぐずることもあった。

                      そんな時、どうしていたか。思い出してみた。

                      目的の駅ではないにしろ、子どもを落ち着かせるために途中の駅のホームにおりてあやしたものである。

                      それが公共のマナーである。

                      自分のための電車ではない。そういう親である以前に社会人としてあたりまえの常識すら持ち得ていない親が多い。

                      一番かわいそうなのは、そんな親に育てられた子ども自身である。

                      親は本質的に子どもの友達ではない。範を示していくべき最も身近な鑑である。その鑑が歪んでいるのだから、手前勝手な行動をとる子どもが増えるのは自明の理である。

                      その親子はその後、飛行機に乗ると行っていた。途中下車の出来ない飛行機で同じことをされたらと考えただけで、ぞっとする。

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