PCを使った簡単DIYと記譜に再びトライ!

0

    JUGEMテーマ:日記・一般

    先日、ステイ ホーム週間の相棒は「楽器」と「本」と言うブログを書いたのだが、実はそれ以外にもいろいろなことに取り組んでいる。

    例えば、今日は「ステッカー」や久しぶりに「ストラップ」を自作した。

    自作と言ってもパソコンの簡単操作でできるのだが、楽しかった。

    「ストラップ」は昨年の今頃はパソコンスクールに勤めていたので、趣味講座ということで生徒さんと一緒に作業したことなどを思い出した。時節に合わせたイラストを用いてこれからも定期的に行っていきたいと考えている。

     

    それから記譜である。

    伝説のストリートミュージシャン ロジェー・リドリーの歌う「スタンド・バイ・ミー」を生まれて初めて記譜ソフトを用いて書いたことは以前記したが、今回は「ビーチウッド4−5789」である。

    この曲はマーヴィン・ゲイ作曲でマーヴェレッツという女性グループが1962年に歌った楽曲でビルボードの17位まで上昇したヒット曲である。

    自分が吹きたかったのはカーペンターズのカバーの方である。

    アレンジのセンスが抜群でかつての名曲を蘇らせることにかけては素晴らしいデュオであったが、この曲も然りである。

    ところが、原曲の方の楽譜を見つけたのだが、カーペンターズの方はない。

    仕方なく原曲の調やメロディで吹いていたのだが、やはりしっくりこないのである。

    そこで、耳を頼りに記譜することに決めたというわけである。

    当然、調もメロディにも違いがある。カバーを聞きながらの作業なので時間はかかったがやっとできた。

    早速吹いてみたのだが、所々メロディが違うところがあり、その都度修正を加えていった。

    「スタンド・バイ・ミー」の方は調は変える必要がなかったので原曲通りに音符を配置することができたのだが、やはり調が変わると苦戦する。音楽に詳しい方なら移調はそんなに難しくはないのだろうが、ズブの素人の私に取っては大変であった。

    新しいことにトライすることは骨は折れるが、頭の良い刺激になる。


    アルコールとの決別宣言!

    0

      JUGEMテーマ:日記・一般

      自分自身を激しく嫌悪している。

      今、体調を崩しているのだが、昨年の年末と全く同じことをなぞっているからである。

      深酒をして、うたた寝。

      いい年齢をして「この繰り返す無様さ」に腹が立つている。

      おまけに全ての重要なカード類が入った財布を紛失してしまった。

      幸いなことに、交番に届け出たら警察署に届いているという報告を受け、しかもお金も含めて何を取られていないことがわかり「命拾い」したと胸を撫で下ろしたのであるが、拾ってくれた方の善意に救われただけで、自分自身の大きな失敗に変わりはない。

       

      昨日、雨の中横浜駅近くの「耳鼻科」を訪れたのだが、主治医から「自己管理の甘さ」と厳しく指摘された。

      それは今回の失敗のことを指すのではなく、繰り返して鼻炎になることに対しての認識の甘さと注意不足についてである。

      その通りだと思う。全く情けない話である。

       

      そして今思うのは極力ではなく、限りなくお酒を止めようと思っている。

      若い頃を思い出しても、飲み過ぎによる大怪我や体調不良は限りなくある。

      薬物に手を出し、再犯を繰り返す芸能人を私たちは「バカだなあ」「懲りないなあ」などと簡単にいうが、アルコールにしてもニコチンにしても「毒」であることには変わりはない。飲みすぎるということはアルコールに依存しているのであって、薬物と構図は同じである。決して問題解決にはならない。ただの「現実逃避」。

      今回ばかりは本当に懲りた。

      こんなことを繰り返していると本当に大事なものを失ってしまうことになりかねない。

       

      アルコールとの決別宣言である。

       

       


      9年目の3.11を前に。「死」と「生」について考えた。

      0

        JUGEMテーマ:日記・一般

        巷間では、「コロナ鬱」になる人も出てきているらしい。

        あまりに情報が不確かで錯綜しているため、不安に駆られて落ち込んでしまうという状態であるということだ。

        確かに、どれだけの怖さなのか、治療法は、検査体制はなど今まで経験したことのない怖さというものはある。

        大事なことは、ワイドショーなどの情報過多から自分を守り、取捨選択していくしかないし、基本的な手洗いやうがいなどを徹底することと、不要不急の外出を控えて自衛するしかないと考えている。

         

        イベントの自粛ということで、3.11東日本大震災の追悼式も中止となった。

        被災地の方の中には縮小する形でもやって欲しかったと語っておられる方や、福島の女性は何が復興五輪なのかとつぶやいておられる方もいた。アンケートでは死ぬまで被災者という回答している方もいた。

        いまだ、2500名以上が行方不明であるという事実、1000名の方が仮設住居で生活している事実から目を背けてはならないと思う。選抜甲子園などは中止にしても良い。しかし、この日に亡くなった方への追悼式は粛々と政府は行うべきではなかったのか。

        私は強く思う。

         

        このブログでも何度も9年前の3.11のことには触れてきた。

        やはりあの日の衝撃は今でも生々しく覚えているし、思い出すだけで鳥肌が立つ。

        こうして生きていることはありがたいことである。

        9年の間に2人の息子は独立したり、自分は体調を崩し早期退職の道を選ばざるを得なくなつた。

        しかし、そんな大きな時間の流れの中で、今を確かに生きているということを素直に喜びたい。

         

        先日、瀬谷駅で朝の7時過ぎに女子高校生が飛び込み自殺を図った。しかも飛び込む瞬間をベンチにおいた携帯で動画撮影していた。

        家庭では父親から性的虐待を受け、学校ではいじめの対象になっていたということである。

        絶望の淵に立つていたことは紛れもない事実であり、特に父親に対しては純粋な怒りが湧いてくる。

        失われた尊い命は帰ってこないが、死にたいという切実さに突き動かされたその行動を無論責め立てるつもりはない。

        ただ、その切実さを共有してくれる人間がひとりでもいてくれたのならばと唇を噛んで考えてしまう。

         

        先日のブログで伊坂幸太郎の「フーガはユーガ」を紹介した時、自分自身の子供の頃の父親から受けた虐待について少し触れたが、正直死にたいと思うことや家を飛び出したいという衝動はいつでも胸に抱えていた。

        そのエネルギーの捌け口として陸上の長距離走に無心に取り組んだし、故郷の国立の大学に入るべく猛勉強もした。

        とにかく現状から脱出したかった。しかし、そういう苦しみを話せた友達は皆無であった。

        でも自分には祖母や祖父がいた。

        2人とも他界しているが、当時は本当に大きな支えになってくれた。その支えがなかったら、今の自分はいない。

        その高校生に、誰かひとりでもそういう存在がいたならばと、自分のことのように考えてしまう。

         

        人間の力は無力で自然は想定外の力で命を攫う。ならば、私たちは苦しくてもどんなに無様でも、何度倒れても、苦しかったら逃げてもいいから、自分の生を全うすべきだ。性的暴行やいじめた人間を乗り越えていくために、命がけの戦いをすべきだ。それは決して死ぬことではない。その女子高校生に「フーガとユーガ」を薦めてあげたかった。物語の力は決して無力ではないから。


        コロナウイルス感染増の中で思うこと

        0

          JUGEMテーマ:ニュース

          JUGEMテーマ:日記・一般

          これだけ連日、日本中が新型肺炎コロナウイルスの感染増で揺れているときに、依然として芸能人の不倫などという実にくだらない報道がネットのニュース項目の上位に位置づいていたりやワイドショーを賑わせているたりするその無神経さというか軽薄さに呆れる思いがする。

          そういうことを生業としている人間は自分の姿を子供に見られたとして恥ずかしくはないのだろうか。

          需要があるから供給ということなのだろうが、生まれ変わっても、どんなに貧困に喘いだとしてもなりたくない職業の一つである。

           

          さて今日も、新たに滋賀県など感染者が特定された都道府県がある。

          医師の鎌田實氏などは、感染者のピークは4月の半ば頃ではないかと述べている。

          今、休校措置などで爆発的な増大を抑えていたとしても、そういうことに行き着くのではないかと考えられている。

          入学式など新年度のスタートは順調に切れるのだろうか?心配である。

           

          今日までのニュースで確実に分かったことはライブハウスやスポーツジムなど、不特定多数の利用者が密接な距離で、しかも密閉された状況の中で一定の時間を過ごすことが感染の拡大につながるということである。

          通勤時刻帯の満員電車もそれに当てはまるだろうが、私が利用している相鉄線などは3分おきくらいの駅間隔なので、ドアの開閉による換気が行われるし、幸いなことに普通電車なので急行の通過の待ち合わせではある程度の時間、ドアが開けっぱなしになっている。換気の効果は大きいと思う。

          そして、何より、私立の中高校生の集団が乗り合わせていないのも良い。

          休校措置について「科学的根拠がない」と否定的な意見をテレビ等で声高に述べている医師も見られるが、私は感染の発信源となる学校を抑えていることは大きな意味があると考える。何でもかんでも文句をつければいいというのはただの野次馬である。

          そういう医師に限って、なにも具体的な方策については語らない。いや、語れない。無責任極まりない話である。

           

          昼間、仕事帰りで電車やバスに乗っていて気になるのは不要不急の外出は控えるようにと言われているにも関わらず、高齢者が多く乗り合わせていることである。病院にでも行くのであろうか?そうとは見えない、気軽なお出かけ感覚の人も多いような気がして正直腹が立つ。「用がないならバスや電車に乗るな。」と言いたい。感染して重篤化するのはそういう高齢者ではないか。

          買い物に行くにしても今はネットで購入できる時代だ。家族に依頼したり相談したりして知恵を絞るべきである。

          働いている人々が時差通勤などして感染拡大を防ぐべく工夫をしているのに、外出の必要のない高齢者がフラフラしているのは笑い話にもならない。

           


          8年前に購入したRC発見!コカコーラの大きなトレーラー

          0

            JUGEMテーマ:日記・一般

            たまたま天袋の中を片付けていたら、何やら奥にビニールのプチプチのついたまま梱包されている物を発見。

            取り出して見てみたら、8年くらい前に購入したRC(ラジコンカー)であった。

            クリスマスシーズンになるとテレビでも登場するコカコーラの大きなトレーラーである。

            懐かしさのあまり、すぐに引っ張り出して開封。

            電池を取り付けて稼働。

            コンテナ部分の切り離しはできるし、エンジン音も鳴るし、ライトも点灯する。

            購入した当時は確か3000円くらいだった気がする。

            オフロードには向かないし、あくまでも家で愉しむ置物感覚で買った気がする。

            ところがである、なんとヤフオクで調べてみると、新品同然だと30000円以上の値がついているではないか。

            なんと10倍以上の値段で取引されているのだ!

            開封前に調べてればとも思ったが、後の祭り。

             

            実は8年くらい前に、ちょっとラジコンカーにハマっていた時期がある。

            理由は5年の社会科の学習で自動車工業を取り上げていた時に、日産から電気を蓄電して動かすRCが発売されて興味を持ったのである。電気自動車のはしりの玩具であった。

            確かコントローラー部分が高くて30000円したと思う。

            買って、子供たちに提示した時の驚きを今でも覚えている。子供たちにも触らせてみたのが災いしてすぐに破損。

            手痛い出費となったが、自分でも子供心に帰って楽しめたのを覚えている。

             

            自分が子供の頃はRCなど高嶺の花の玩具であり、手も足も出なかった。

            それが時を経て、心に火がついたのである。その勢いで購入したのがコカコーラのトレーラーである。

            まず本体が大きいのがいい。存在感を与えてくれる。そして、荷台部分の切り離しとドッキング。

            今日、何度か走らせてみたがやはりかっこいいのだ。妻には「何やってるのよ」と怒られたが、単純に楽しいのである。

            男は幾つになつても童心を忘れないということなのだろうか。

            今も机の上でその車は輝きを放っている。


            人生の後半をどう過ごすのか 今の生活スタイルの中で考えたこと

            0

              JUGEMテーマ:日記・一般

              今日などは俗に「花金」と呼ばれるのであろうが、心境の変化からか外で飲んでこようという気持ちが湧かなくなつた。

              それよりは早く家に帰って楽器練習をする方が有意義であると思うようになった。

              大学時代から結婚前までの大量にアルコールを摂取していた頃が嘘のように思えてくる。

              家で飲むことをやめて久しいが、「飲まなきゃやってらんない」とばかりに外では週に2回くらいは飲んでいた。

              しかし、そういう気持ちも起きなくなった。

              仕事面や職場の人間関係のストレスが大幅に減ったことが大きな要因であろうが、それだけ酒に頼っていたということでもあろう。

              しかし、一番の理由は体調面への影響である。

              年末から年始にかけて風邪をこじらせたことはこのブログでも書いたが、その現況は深酒である。

              体調を崩す前日、久しぶりに長い時間飲酒したのであるがこれがいけなかった。

              深酒で翌日に悪影響を及ぼす経験は今までにも痛いほど味わっているのだが、今回もそうであった。

              そして、新年を迎えたことを契機に、思い切って酒を断つまでには至らなくても、限りなく禁酒に近づけたいと思ったのである。

              今月はわずか外で飲んだのは1回のみ。しかも8時までに家に着くようにした。

              やはり体調は好転した。

              酒は「百薬の長」などと言われ、飲んでいると気持ちが高揚し、なかなか少量で切り上げることができないものである。特に外で飲んでいる場合などは。

              しかし敢えて、それを極力減らしていくことに決めた。

              人生の折り返しを過ぎた現在、今まで以上に時間の使い方が大切になってくる。

              価値ある使い方を自分で考える時である。

              心理学的なリサーチによると、世の中で成功した人たちが一番に大切にしているものは決してお金ではなく時間という共通項が浮かび上がってくるということだ。

              要するに、くだらないことに時間を使っている暇などないということであろう。

              今の自分の生活スタイルの中で、外での飲酒は有意義なものでは決してない。だからやめる。極めてシンプルな考え方である。

               


              断捨離の中で・・・どうしても捨てられないもの

              0

                JUGEMテーマ:日記・一般

                昨年に引き続き、今年も地味に「断捨離」を続けている。

                年齢を重ねると、一気に大掃除をするのも億劫になってきたので、毎日地道に不要なものは片付けたり、処分したりしている。

                それは物に限らず、人間関係であったり、パソコン上のファイルの整理なども含まれる。

                今日は、ネットで購入した楽譜が80曲以上になり、パソコン上で散乱している状態だったのでフォルダをアーティストやジャンル別に設けて整理した。

                また、楽器購入に伴い、ケーブルも増えたので片付けたり、文机の中を見渡して不要なものは思い切って捨てたりした。

                年賀状も一気に書き上げたのだが、本当に年賀状という形でなければ連絡がつかない人を中心に限定した。

                小さなことだが、気分的にも少し身軽になったような気がする。

                 

                そうはいってもどうしても捨てられないものもある。

                引き出しを片付けていて、今は成人をし独立した二人の息子からのお誕生日の手紙や小さい頃の写真が出てきたのだが、これらは絶対に処分できないものである。

                その写真や手紙を話題に、妻と夕飯を食べたのだが、「今から思えばあっという間だよねえ」という感想に行き着き、息子の小さかった頃のことを思い出して心がほっこりした。

                 

                私の後輩たちは今、働き盛りの中、子供も2人目や3人目が誕生しお父さん業との両立で疲れている者もいるだろうが、子どもが本当に屈託無くかわいい時期はあっという間だし、成長に一喜一憂できることがどれだけ有難いことであるのかということを伝えたい。

                3LDKのマンションも妻と二人では、広すぎる空間になってしまった。

                子供が成長していくとは妻と二人だけの生活に戻るということである。安堵の反面寂しさもある。

                しかし、家族の成長とはそういうことである。

                だからこそ、夫婦がお互いを干渉しあうことのない趣味や時間を持つことはとても大切なことなのだと思う。


                とりとめのない話 2019年を振り返って・・・

                0

                  JUGEMテーマ:日記・一般

                  12月に入って初めての投稿である。

                  今年は本当に波乱万丈の1年であった。あっという間に過ぎた感はあるものの、様々なことが嵐のように過ぎていった。

                  昨年の今頃は、退職を決意しどう生活していったら良いのかを考えていた。

                  そして、今年のスタートはパソコン教室のインストラクターとして迎えた。

                  高齢者の方と触れ合うことを通して、色々なことを学ぶことができた。

                  働き甲斐は感じていたが、如何せんパートという身分では生活もままならず、復職することを決意した。

                  サポート非常勤という形ではあるが、やはり自分には子どもと関わることが一番似合っているのだなあということを改めて感じたし、「それが天職ですよ。」と言ってくれる周囲の人たちも多く、ありがたいと思った。

                   

                  プライべートでは、好意を寄せていた女性に嘘をつかれるなど不愉快なこともあったが、新たな趣味として楽器を始めたことで新たな人間関係もでき、自分自身の可能性というと大げさであるが、世界が開けた感じがした。

                  仕事人間だった男性が退職を機に、何もすることがなく老いやボケが進行するという話はよく聞くのであるが、そういう意味からも新たな趣味を見つけられたことは予期しなかっただけに今年一番の嬉しい出来事である。

                  ただ高齢の母親がクモ膜下出血で倒れ、検査の結果痴呆がかなり進行していることもあり、先月末に特別養護老人ホームに入所するなど、やはり自分の身にも高齢者の介護問題が現実的なものとして立ち現れた。頻繁に会いに行ける距離ではないが、できるだけのことはしたいと考えている。

                   

                  ところで今日は、ネットを通じて年賀状を依頼した。

                  本当はそろそろ儀礼的な習慣は辞めたいと思っていたのであるが、妻から「そういうものではないでしょ。」とたしなめられ、渋々注文した。そうは言ってもやはり、年賀状を通じて繋がっている友人や恩師もいるので枚数は極力減らしながらも、本当に大切な人だけに限定しようと思っている。いつも言っている人間関係の断捨離のススメである。

                   

                  今年やり残していることが一つある。それはブログの書籍化第五弾である。

                  何とか実現させて今年を終えたい。


                  バンド活動を辞退 そして路上ライブへの道

                  0

                    JUGEMテーマ:日記・一般

                    バンドを結成したものの、結局一度も練習する機会がなく、自ら辞めることを決意した。

                    無念さは残るが、やる気がないメンバーに振り回されるくらいなら、一人で演奏する方がまだマシである。

                    本当に口先だけの人間にはうんざりする。

                    練習する気がないのなら「バンド」などという言葉を口にするなと言いたい。

                    まあその人間とはラインを含め、人間関係は断ち切った。

                    申し訳ないという気持ちがあるなら何らかの形で、頭を下げるだろうが、そういう謙虚さの資質がかけらもない何の苦労もなく育ったボンボンなので期待すべくもない。

                    八方美人で優柔不断を絵に描いたような男である。

                    そいつが横浜の老舗の和菓子屋の御曹司なのだから、経営も行く行くは傾いていくのではないだろうか?

                    それはさておいて、今考えているのはどういう形で音楽活動を継続していくかである。

                    幸いなことにキーボードを担当してくれる女性がいるので、当面はその女性とのユニットでの活動を重視したい。

                    また、先日イシバシ楽器の「ローランドの路上ライブセット」なるものを購入した。

                    主たるものはカート付きのアンプスピーカーおよびマイクセットである。

                    これが実にいいのだ。

                    練習意欲を喚起させてくれるには十分である。

                    楽器購入から2ヶ月が経った。現在購入した楽譜数は50枚を超えた。すなわち50曲が演奏レパートリーということになる。

                    楽譜を見ながら何とか吹ける曲も多いので、自信を持って吹ける曲は10曲くらいではあるが、これからもしっかり練習して、100曲に達成したら路上ライブでもと考えている。

                    ちなみに得意な曲は「コンドルは飛んでいく」「ハナミズキ」「365日の紙飛行機」「チェリー」「フレンズ」「歌姫」「三日月」などである。


                    人間関係の断捨離のススメ

                    0

                      JUGEMテーマ:日記・一般

                      人間、どんなことであっても相手から嘘をつかれたり、騙されたするのは気が滅入るし、ストレスの元となる。

                      一方で巧妙なフェイクが罷り通る時代の中を生きていくためには相手を見抜く力も求められている。

                      幸いなことに、59年間の人生の中でほとんど大きな痛手を被らなかったのは、警戒心があることと人を見抜く目を持っていたからだと思う。

                       

                      前回のブログを始め数回にわたり紹介してきたある女性との出会いは、結果好ましくないものであったが、ずるずると悪影響を及ぼされるよりはマシであったと考えている。不思議なことではあるが、関係性をこちらから絶って以来、自分の人生は好転した。

                      まず、新しい趣味として「楽器」演奏を決断し、すぐに購入し、バンド結成にまで至った。

                      また、その楽器を契機にして新たな人間関係も誕生し、嬉しい繋がりも増えた。

                       

                      何かを得るということは何かを失うということ。

                       

                      確か、4年前のラグビーW杯の五郎丸選手の言葉であったと記憶しているが、人間関係にも当てはまると感じた。

                       

                      しがらみも含め自分自身に良い影響を及ぼさない人間関係はさっさと絶った方が良い。

                      生きていく上での一番大きいストレス源は人間であるのだから。

                       

                      ネット上ではラインで友達1000人登録達成などということを誇らしげに掲げている人がいるが、気が知れない。

                      面倒くさいだけだ。私は、実質の関係を築いている人しか登録しない。だから少ないし、時に応じてトモダチ削除をしている。

                      断捨離ブームは続いているようだが、一番しなくてはいけない断捨離は人間関係そのものである。

                      量より質。当たり前のことを実践しているだけだ。

                      自分にとって本当に大切な人は誰なのか自分自身に問う時間が必要である。


                      calendar
                       123456
                      78910111213
                      14151617181920
                      21222324252627
                      282930    
                      << June 2020 >>
                      selected entries
                      categories
                      archives
                      recent comment
                      recent trackback
                      links
                      profile
                      search this site.
                      others
                      mobile
                      qrcode
                      powered
                      無料ブログ作成サービス JUGEM