退職を決意!経営理念のない無能なオーナーに喝 

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    6月に入っての初投稿である。

    ブログ記事が通算で1500件に到達し、やや気が抜けたということもあるが、それ以上に腹立たしいことがあり書き込む気力が失せていた。

    今年の1月から地域の高齢者支援のパソコン教室で働き始めたことは既に述べていたが、今月で退職することにした。パソコン教室はメディアック系列の横浜 鶴ヶ峰教室である。

    理由は、あまりにもKというオーナーに経営能力が無いからである。

    横浜市の一流高校を卒業し、富士通や相鉄といった大企業に勤め、現在IT業界のサイボウズで重責を任されているらしいが、およそ経営に関しては如何しようも無い無能である。

    ITという狭い領域の中では力はあるのかもしれないが、教室の主たる顧客である高齢者の方々のニーズというものが把握できないので、問い合わせ皆無の就活支援などというのぼりを新調し、若手を引き込もうという手に打って出たが、的外れも甚だしい。

    しかも、「看板に偽りあり」で、料金改定をしたにも関わらず月額3000円で習い放題などという不当表示を未だ続け、法的には問題ないなどとほざいているのであるから開いた口が塞がらない。

    れっきとした不当表示防止法違反である。

    結局は高齢者切り捨てであり、私と12月に面接した時の地域に恩返しなどという綺麗事は欺瞞そのものであることが分かった。

    何が一流企業だ。くだらない。

    顧客の立場を第一優先するのが経営者としての基本理念であろう。

    それすら見失っている。経営戦略が間違えているのだから、戦術も功をそうするわけはない。

    よっぽど学校の教員の方がレベルが高いと痛感した。

    価値観が多様化している中で、最大40名の子供たちをまとめクラスを経営していくことは並大抵のことではない。

    A4にして10枚にも及ぶ「学級経営案」を担任は毎年書いていることを、世間の人間は知っているのだろうか。

    おそらく、現オーナーは書いたことすらないだろうし、現在のパソコン教室の経営案など1行足りとも書けないだろう。

    パソコン教室の経営を自分の小遣い稼ぎ程度にしか考えていないのなら、シニア層の顧客の方は気の毒である。

    学習する時数を大幅に減らし、人件費を浮かせることしか策が見出せない無能ぶり。

    こんな奴が企業では有能とされるのか?少なくとも学校では担任も持たせられないレベルであり、使えないという言葉が当てはまる。

     


    炎上系Youtuberの卑屈さ

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      炎上系You tuberについてである。

      チャンネル登録数および再生数を稼ぐために、敢えて炎上するような物言いというか言いがかりで動画を配信している人間のことを指す。例えば、「遠藤チャンネル」などの主がその典型であろう。

      最近では、NGT48の問題に対して、山口真帆さんを貶めるような発言をするなどが挙げられる。

      それでも十分に腹立たしいのであるが、絶対に許してはいけない内容がいくつかみられたので紹介する。

      ひとつは、滋賀で起きた保育園児の散歩に突入した自動車事故の件ともうひとつは茨城で起きた部活の顧問に「死ね」などの暴言を吐かれ自殺した女子中学生に対するものである。

       

      遠藤はなんと言ってるのか。

      事故を起こしたドライバーではなく散歩に連れ出した保育園が悪い、自殺した女子中学生が悪いと言っている。

      その根拠は、今の保育園児はインドア派なので散歩は無意味、死ねと言われて死ぬのなら、殺せと言われれば殺すのか?どちらにせよ自分の命を殺したのだから中学生が悪いという自分勝手なへ理屈の押し付けである。

       

      人の心の痛みよりも炎上させることで再生数を上げようという良心のかけらもないその物言い。

      深い悲しみに暮れている人のことなど全く考えようとしない想像力の欠如。

      気味が悪いとしか言いようがない。

      言論の自由に胡座をかき、無意味で節操のない言葉を垂れ流し、姑息に収入を得ようとするその姿は卑屈である。

       

      その卑屈さに反吐が出る。

       


      山口真帆さん襲撃事件 明るみになってきたAKSの組織的犯罪の匂い

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        よもや自分自身、AKB関連の記事を立て続けに書くことになるとは想像していなかった。

        今、何気なくYOU TUBEを見ていたのだが、NGT48の山口真帆さん襲撃事件の影の黒幕的存在である稲岡龍之介とAKSの本体の幹部とのズブズブ交流の動画が今、ネット上を拡散している。幹部とは、AKB立ち上げの際の運営において秋元康の子飼いとして尽力した西山恭子及び元の総支配人戸賀崎である。

        つまり、今回の事件はAKS本体の運営が関与した組織的犯罪という見方も成り立つわけである。

        秋元康がノーコメントを貫いているのは、NGTだけでなくAKBの運営そのものが危機的状況を帯びてくるからである。

        まるで台風の過ぎ去るのをだんまりを通してただ傍観するこの卑劣さは何だ。

        前回も書いたが、同じ世代の人間として虫唾が走る思いがする。仮定の話だが、飲み屋でもしこいつが隣に座ったら、条件反射的にぶん殴るかもしれない。それくらいに腹立たしい事件である。

        戸賀崎は今月20日に20人だけ集めて(保護者であろうか?)説明会を行うと述べている、

        その理由は自分の子供や家族が脅迫されているからという何とも自己保身に走ったふざけたものである。

        当の被害者である山口さんはその何倍もの恐怖心を味わったのである。

        自分の子供が同じ目にあったらと考える僅かな想像力すら事件発覚当時はなく、事件をもみ消そうとしたこの男の罪は大きい。

        そうはいっても所詮は大企業に見られるトカゲの尻尾切りで終わるであろう。または、松村と同じ知らぬ存ぜぬで第三者委員会一任などとほざくに決まっている。

        ネット上のコメントの中で1番賛同したのは「秋元康の若い女性への人権蹂躙産業はもう終わりにしよう」というものである。

        まさしくその通りである。

        「私には人の命よりも大切なものが何であるかが分かりません。」と述べた山口さんに秋元及び幹部たちは答える責任がある。

        答えられるのなら答えてみろ。貴様らに大切なのは一人の女性の命ではなく、会社である。お金である。そう正直に答えるべきだ。

        本当にふざけた人間どもだと思う。

        ただ、この記事でもうこの事件に関する記載はやめることにする。あまりにも虚しいからである。事件は風化させてはいけないが、腐ったものが蘇るということはあり得ない。腐った大人どもに関わった女性たちが気の毒でならない。

        ただ、現在アイドルをしている人たち及びアイドルを目指している人たちに言いたいことがある。

        安易な人気者を目指すのではなく5年後、10年後生き残るための自分の本当の才能を見つけ伸ばすことに努力をすることを惜しまないことである。秋元康が君の将来を保証してくれるのではない。自分の実力が自分の未来を切り開くのだ。

        涙も汗も流さずにいい目を見ようとする軟弱な発想だから、いじめてでも成功したいという狭量で猥雑な思考しか生まれないのである。

        ぶっつぶれてくれAKS.

         

         


        塞がれていた心の中に温かな風が通り抜けた

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          人生の折り返しをとうに過ぎ、今思うことは、人生はうまくいかないことが多く、嬉し涙よりも悔し涙を流す回数が圧倒的に多いという厳然たる事実である。

          例えば、昨年の10月初旬、思いがけないことによりうつ病を再発し、不眠症に陥り、全く気力を失う状況に追い込まれた。

          結局、35年勤めた教職の道を自ら絶ったのであるが、その無念さは今でも心に残っている。

          働かなければ生きてはいけないので、症状が少し回復したのを機に、新たな高齢者支援の仕事に就きパートとして働き始めたのもつい最近である。

          しかし、ふとした瞬間にその無念さがぽっかり心を覆う。

          昨日もそうであった。年度末ということもあるだろうが、受け持っていた子供達の顔が浮かんだ。

          割り切ろうと思っても割り切れない思いに心は苛まれる。

          かかりつけの心療内科に薬をもらいに行ったのだが、最低血圧がここ最近では一番高く、主治医から「何かストレスを抱えていますね。」と指摘された。

          最高血圧は降圧剤でいくらでもコントロールできるが、最低血圧はそう簡単ではない。

          その時の、心持ちがそのまま反映される。

          薬に依存している状況は相変わらずで、相当数の薬を飲みながら毎日を迎えている。

          生きていかねばならないからだ。

          不甲斐ない気持ちを抱えながら妻と夕食をとっていた時に、思いがけない電話があった。

          自分が倒れた時に受け持っていた子供の保護者である。

          昔と違い、クラスに連絡網などない。子供達の個人情報を守るという観点が一番であるが一方で担任のプライバシーも保護するという面もある。だから、自分自身の住所も電話番号も子供達には知らせてはいない。まして、止むに止まれぬ中途退職であったので尚更である。

          その保護者は、たまたまインターネット検索をして偶然にも、私の電話番号を知ったと涙声でおっしゃっていた。

          「このまま、会えないのは心苦しく辛かったです。先生の力で、子供の力を引き出してもらって感謝しています。それだけをお伝えしたかった。」

          その言葉に救われた。本当にありがたいという思いがした。そして胸が熱くなった。

          何もしてあげられなかったという思いで塞がれていた心の中に久しぶりに温かな風が通り抜けた。


          父親の虐待に加担した野田市教育委員会の犯罪的行為

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            怒涛のような1月が終わった。

            精神的にも肉体的にも疲れ、なかなか思うようにブログを記す事が出来ない日々である。

            だが、どうしても書かねばならないニュースに接し、憤りを抱えたまま思いを記す。

            父親からの暴言・虐待で死んだ千葉の小学4年生の死についてである。

            報道では父親からの傷害と言っているが、事実上の「殺人」である。徹底的に女児の心を痛めつけ殺したのだ。

            しかも、今日、テレビ報道されていた新事実によれば、その女児が父親からの虐待案件をいじめアンケートで学校側に訴えていたにも関わらず、野田市の教育委員会は開示を執拗に迫った当の父親にそのアンケートを手渡したのだ。

            全く開いた口が塞がらない。

            私も35年という長きにわたり横浜市の教育に携わってきたが、あり得ない事である。

            アンケートを取る時には、「絶対に秘密を守るから、苦しいことは打ち明けてね」と必ず子供達には伝える。

            そうでないと、子どもは安心して心の内を見せることを恐れる。

            保護を安易に解除した柏の児童相談所を始め、この教育委員会の子どもの命を守るという気概のかけらもない落ち度に激しい怒りを覚える。

            はっきり言おう。

            児童相談所と教育委員会は父親が子どもを殺すことに加担したのだ。責任はあまりにも大きい。

            学校と教育委員会、児童相談所の連携がこれほどまでに疎かで軽視されている事が信じられない。

            少なくとも、横浜市では考えられない。

            威圧的な父親の態度に屈したことを弁明のように教育委員会の責任者は述べていたが、「ふざけるな」と言いたい。

            そんな態度に屈することなく、警察とも連携を図り、女児の身の安全を守ることに最大限の努力をするのが教育関係者や教育行政の一番の責務である。

            私はそうしてきた。かつて受け持った児童の中には児童相談所ではなくシェルターに匿われた児童もいる。

            虐待を繰り返す父親には絶対に住所を教えない。そこは最低のルールでもある。

            本当に怒りと同時に女児が哀れでならない。アンケートに書く時に、おそらく心の内を振り絞って書いたであろう。

            しかし、その事が父親の怒りを買い、虐待の激化、殺人につながったのだとしたら教育委員会の犯した罪は計り知れないほど大きい。やりきれない思いでいっぱいである。


            第二の人生のスタート 高齢者へのパソコンサポート

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              昨年末に35年勤めた仕事を退職し、年明けの5日から第二の人生をスタートさせた。

              その前日の緊張というのは覚えがないほどであった。

              若い時には、怖いもの知らずという感じで、どうにでもなれという開き直りがあったが、さすがに年齢を重ねると妙に不安な気持ちが先走ったしまうものである。

              新しい仕事は主に高齢者の方のパソコンの使い方をサポートするものである。

              集中してそれぞれの課題に取り組んでおられる方に、どういうタイミングで声かけをするば良いのかをつかむことが難しいことを感じた。

              勤務時間中はほとんど立ちっぱなしというのも、なかなか肉体的にハードである。

              初日、まずは名前を覚えてもらうということをめあてにして、自作の手作り栞を渡した。

              100円ショップの品物をフル活用しての手作りは、やっていて思いの外楽しかった。

              ここ1ヶ月が研修期間であり、「緊張」の方が強い日々が続くとは思うが、自分がやれることに精一杯取り組む以外には道はない。

              また、パソコンで何ができるのか、「楽しみ」を提供することも大きな役割であると感じている。

              そのためには、自らが楽しみを見つけていくことが大切になり、やりがいに繋がると思う。

               

              手渡した栞の裏面には周五郎の名作「赤ひげ診療譚」からの言葉を引用して記した。

               

              温床でならどんな芽も育つ。氷の中ででも、芽を育てる情熱があってこそ、真実、生きがいがあるのではないか。


              勤続34年9ヶ月の重み

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                昨日、退職にあったての荷物整理のため、2ヶ月ぶりに職場を訪れた。

                忘年会で人が残っていないことを確かめて、夕刻に出かけた。

                鬱病を患っているため、見知った人とあれこれコミュニケーションを図ることは苦痛である。

                簡単に済むと思っていたのだが、大量の書類をシュレッダーにかけて処分したり、私物の書籍を片付けたりしているうちに2時間以上かかった。終わってホッと時計を見たら21時10分を過ぎていた。

                持ち帰る荷物の重さは多分20kg以上はあったと思う。

                駅までそう遠くはないのだが、初めてタクベルを活用してみることにした。所在地を地図上でピンを押して呼び出すと運のいいことにわずか3分でタクシーに乗り込むことができた。本当に助かった。

                パンパンに詰まったリュックを膝に乗せ、勤続34年9ヶ月の重みを感じながら家路に着いた。

                 

                今日は家で大掃除とまではいかないが、処分に困っていた古いパソコンやプリンターなどの処分をするため業者との手続きを行った。

                思い立ったが吉日ということもある。

                退職を機に、自分の周囲の環境を変えてみたいと思ったのだ。

                手続きは簡単で、あとは引き取りを待つばかりである。

                自分の部屋の雰囲気も変えた。木目調のマグネットボードを購入して、床のスペースを作ることで掃除がしやすいように工夫した。

                 

                先日もこのブログに記したが、人間には時には思い切った「断捨離」が必要である。

                ひとつのしがらみにとらわれていたり、固執していたりするとどうしても心が硬直してしまう。

                心療内科の主治医の「新たな旅立ちのために」という言葉が心に響いた。


                平成最後の暮に思う・・・

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                  「平成最後の暮なんだなあ。」と思いながら部屋を片付けていた。

                  大掃除には少し早いが、気分をスッキリさせたいという思いもあり「断捨離」を決行した。

                  天袋の奥にしまっていた中古のノートパソコン2台、プリンター1台など業者委託という形で処分することにした。

                  その後、FM放送を何気なく聞いていたら平成30年間の思い出の曲のリクエスト特集をやっていた。

                  その中の1曲である竹内まりやの「人生の扉」を聴きながら自分にとって平成とはどんな時代であったかをふと考えてみた。

                  まず平成元年に妻に出会い、翌年結婚した。そして次の年に長男が産まれた。そして次の年にマンションを購入した。

                  ここまで書いてみると、平成時代のスタートそのものが人生にとっての大きな節目であったことが分かる。

                  一方で、体調を崩して倒れたり、裁判問題など辛いこともあった。

                  その中で阪神淡路大震災や東日本大震災が起きた。

                  不思議なことに大災害が起きた年に自分は体調を崩して、休職をしている。

                  喜怒哀楽こそ人生であるが、こうして今日も生きて、本を読んだり、音楽を聴いたり、ブログを書いたりしていることは幸せなことなんだと素直に思えるようになった。

                  特にいま、鬱病を発症して休職中であり、今月いっぱいで退職することが決まっている身として、人生に悔いはないかと問われれば、正直後悔はあると答えるしかないのだが、それでいいのではないかと思うのだ。

                  今の現実をありのままに受け入れて、生きていくしかないのだから。

                  何か特別な欲求などない。繰り返しになるが、当たり前の毎日を大切に家族と生きていくことの有り難さ、貴さ。

                  それを噛み締める年齢になった。

                   


                  さらば。WINDOWS

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                    JUGEMテーマ:日記・一般

                    昨日の夜、とうとう使いふるしてきたパソコンが壊れた。

                    WINDOWS10にしてからは特に調子がおかしく、度々「復元」を繰り返してきたので、そのツケの代償としてHDDがいかれたのだろう。

                    そして、早速ヨドバシドットコムでMacのbookairを注文し、何と今日の夕方には届き、いまこのブログを認めている。

                    持ち運び用として今は生産中止となつた2010年発売の11型を使っていたので、届いた直後からデータなどの環境移行を含め、サクサク作業ができるのは本当に嬉しい。

                    金輪際、WINDOWSパソコンを買うつもりはない。

                    ビル・ゲイツとスティーブ・ジョブズの考え方の違いについては以前書いたので、くどくどと言いたくない。

                    ただ、言えるのはマイクロソフトがやろうとしていることは、例えていうなら次のようになるだろう。

                    前にプレゼントとして誰かに10本の花束を贈ったとする。

                    そして今年も同じ相手を喜ばそうと考える。

                    出した結論は本数を増やして15本にするである。

                    OSにしてもXPと10を単純に比較して、本当にユーザーが求めている使いやすい画期的な進歩をしたのか?

                    答えはNOだ。

                    ユーザーに選択肢すら与えないアップデートという名の誤作動の源を与え続けている。

                    私のように裕福でなく非力のマシンで作業しているユーザーもいるのだ。そういうことは全く考えはしない。

                    先のプレゼントの話に戻ろう。

                    ジョブズは花束10本から15本に増やすという発想そのものを安易として否定した。

                    見たこともないような、別のもので相手を喜ばそうという発想である。

                    それが有名な「宇宙に衝撃を与える」につながっている。

                    私が今日購入したbookairは先日プレゼンされた最新のものではない。だが十分だ。

                    ストレスフリーでサクサク動いてさえいれば文句などない。余計な機能は必要ない。

                    さらば。WINDOWS。

                     


                    「プログラミング」教育必修化に向けて

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                      JUGEMテーマ:日記・一般

                       

                      2020年度より、小学校教育において「プログラミング」が必修となる。

                      独自の教科としてではなく、各教科や領域との関連を図った横断的な運用である。

                      ということは、「プログラミング」そのものもそうだが、プログラミングの考え方がどの教科や領域に生かせるのかといった大所高所にたった「授業構想力」そのものが問われることになる。

                      無料のソフトをDLしていくつかやってみたが、かわいいキャラクターが登場し、ゲーム感覚でプログラミングの基礎を学べるような内容になっており、子どもたちが楽しみながら取り組めるような工夫がなされている。

                      要は、教師がその面白さや便利さをどう生かしていくのかであろう。

                      頭の固い中年層の教師にとっては、しっかり研修を積むだけでなく、そのよさを授業実践を通して保護者に示していかなければならない。そのためには、小難しく考えたり、面戸臭がったりするのではなく、自らが「子ども心」に帰って、愉しみながら学んでいこうという前向きな気持ちをもつことが大切である。

                      ただ、言うは易し、行うは難し。

                      多忙を理由に後回しにするのではないかという懸念もある。なぜなら、新学習指導要領に沿って、各教科・領域のカリキュラムを作っていかなくてはならないからだ。

                      「プログラミング」という新しい時代に向けての教育のひとつの花となるものが、最初から弱弱しく立ち枯れてしまうことのないよう、今から準備を行うことが必要である。


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