スポットライト(BOOK SIDE STORY2018)

本や音楽を思いのままに紹介する。
それでも言葉にこだわり、思いを伝えたい・・・
そして思いの中に魂を込める。
虚飾を排し、嘘を捨て去る。

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2019.01.12 Saturday

橋本五郎ワールド 読書は消閑にあらず

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    JUGEMテーマ:ニュース

    先週から、新たな職場で働き始めたのだが、仕事に忙殺されて読書をする時間が見出せない。

    今日は、外は雪雲に覆われているので、家でじっくり読書したいと考えている。

    今朝の読売新聞を読んでいて、気になる記事を見つけた。

    11面の編集委員 橋本五郎の「五郎ワールド」である。

    タイトルは読書は「消閑」にあらずである。消閑とは時間つぶし、暇つぶしという意味であるが、言葉の変換予測が進んでいる最新パソコンでも候補に出てこない熟語である。

     

    この言葉を述べたのは、「日本外交の祖」とも言われた陸奥宗光である。

    陸奥宗光といえば、坂本龍馬の弟子とも言える存在であり、幕末から明治維新にかけての時代小説にも登場する。

    門井慶喜の「ゆけ、おりょう」では龍馬の妻であったおりょうさんとの関わりの中で、あまり好ましい人物とは言い難い描写が出てくるし、実際、勝海舟は「小利巧な小才子」という酷評を下している。

    それは措いといて、彼は明治11年に政府転覆計画に加担したかどで逮捕され、計4年4ヶ月にも及ぶ獄中生活を過ごしている。

    獄中において、彼は貪るようにして膨大な書物に触れるのである。

    「一昨年来は毎朝八時ごろより夜は一二時まで努めて書物などを閲し、一日も怠ることなし」と妻宛に手紙に認めた。

    彼はこの読書を通じて、「政治」という実像に対峙するための精神の活動を始めた。

    つまり、読書が政治家としての陸奥の誕生を促す役割を果たしていたのである。

    それ故に、「読書は消閑の具ではありえず、心底を傾けて行かねばならない作業」だったのである。

    荻生徂徠に始まり、ベンサムの功利主義までを読み耽り、心中にその内容を蓄えていった作業は逆境の中でこそ、生きていく道を探ろうという執念を感じる。


    2018.12.07 Friday

    2018年今年の一皿「鯖」に決定!

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      朝日新聞の第5面で面白い記事を見つけた。

      今年の世相を最も反映する「食」の一品を選ぶ、名付けて「2018年 今年の一皿」に「鯖」が決まったというのだ。

      素材やデザインにこだわった多彩な缶詰が登場したことと、災害用の備蓄という観点からも注目を集めたという。

      また、その栄養価としての「DHA」(ドコサヘキサエン酸)や「EPA」(エイコサペンタエン酸)という必須脂肪酸を多く含むサバが健康志向の今の時代にマッチしているという理由もある。

       

      40年前、貧乏大学生だった当時、「鯖缶」は安価なご飯のおかずであり、酒の肴であった。

      その当時は種類は一つしかなかったように記憶している。

      何度も食べて食傷気味になったこともある。

      時代の移り変わりを感じるニュースである。

       

      確かに、今年の鯖は美味しい。脂が乗っており、しばしば夕ごはんの食前に並ぶ。

      缶詰のほかには「ブランド鯖」なるものも登場してきているらしい。

      ブランドというと「関サバ」「松輪サバ」を思い出すがそれ以外にもあるということだろう。

      年齢を重ねるとともに、肉よりは魚という嗜好が強くなってきた。

      何とも食欲を唆られる記事である。

       


      2018.09.30 Sunday

      チョコフレーク製造中止とスマホの関係

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        JUGEMテーマ:ニュース

         

        今日の朝日新聞の天声人語はとても興味深かった。

        森永製菓のロングセラーであった「チョコフレーク」が製造中止になったことについてである。

        販売が不振になった理由は「スマホ」だということだ。

        今の若者はポテトチップも箸で食べるのが常識ということだそうであるが、結局スマホを操作するにあたってチョコが指先についてべとつくいうことが大きな原因だというのだ。

        指先をなめながらというのが不潔ととらえられることもあるらしい。

        指先をせわしく動かす現代人には受け入れられないということなのだろう。

        その他、スマホによって退場を迫れらたものとして腕時計や地図などが挙げられていた。

        スマホの便利さは日常生活の大切なツールであるが、一方で、立ち止まってじっくり考えたり、時には悩んだりすることも大切なのではないか。

        そんなことを感じる日々である。

         

         


        2017.11.19 Sunday

        信号機のない横断歩道は自動車優先!?

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          JUGEMテーマ:ニュース

           

          今日の朝日新聞の「天声人語」には深く共感した。

          「日本では信号機のない横断歩道では自動車優先」という、名城大准教授のマーク・リバックさんの投稿もとにした内容である。

          まさにその通りである。

          私も勤務地の目と鼻の先に同様の横断歩道がある。

          幹線道路の裏道的な役割を果たしている。だから、早朝から交通量は多い。一方で小学校に近く、子どもたちの通学路にもなっている。

          しかし、滅多に車が止まることはない。必然的に事故も多い。

           

          今年8〜9月にかけて日本自動車連盟(JAF)が全国94か所で実態調査を行った。

          渡る人がいる横断歩道で停止した車は10251台の内、わずかに867台であった。8%である。

          これはれっきとした道路交通法違反である。

          外国では横断歩道では歩行者優先の原則が徹底して守られているらしい。

          信号があるところでは規則を遵守するが、そうでないところ、つまり決まりがないところでは自分に甘く、緩みがでるという日本社会の今の姿を表しているのではという指摘もある。

           

          高齢者の自動車運転についての安全性が云々されているが、それ以前の話として、横断歩道を歩く子どもや女性を優先できない世知辛さの方がよほど深刻であり、情けなくはないか。

          強くそう思う。

           


          2017.04.05 Wednesday

          我が国のかかえる問題点 過去最高の生涯未婚率

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            国立社会保障・人口問題研究所の調査によれば、50歳までに結婚したことがない男性が2015年では約4人に1人である23.37%という調査開始以来最高の割合を示した。この割合は「生涯未婚率」とも言われている。

            女性も男性ほどではないがやはり過去最高の14.7%を示した。

            価値観の多様化という背景もあるだろうが、18歳から34歳までの男女ともに「いずれは結婚をしたい」と考えている割合が85%以上を超えていることから考えれば、結婚はしたいができない原因があるということに行きつく。

            つまり、高齢化社会とともに結婚ができにくい社会という、現在の我が国がかかえる問題が浮き彫りになっている。

            雇用体系にしても非正規労働者の増加に伴う、賃金格差の問題。ひいては結婚資金の確保がままならないという厳しい現実的な問題が控えているのである。

            「愛があれば貧しくとも」と簡単にいえない切実さをかかえながら生きている男性が多いということである。

             

            自分の長男も今年で26歳になるのだが、契約社員の身分のため、結婚など全然考えられないとつぶやいていた。

            未婚率が高まれば、必然的に出生率も低下するのであるから、高齢化社会はますます加速していくということになる。

            こういった問題まで考えて、これからの国づくりのありかたを提言するのが政治家だと思うのだが、そんな大所高所に立った真のリーダー的な人物は皆無である。

            痛いことをつかれれば、激高して質問した記者に「出ていけ」と感情的に喚き散らす復興相の昨日の姿を見て、腹が立つ以上に大臣となる人間の質そのものの低下のはなはだしさにただただ呆れるばかりである。

             


            2017.04.04 Tuesday

            パン屋か和菓子屋か 道徳の教科書記述問題

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              JUGEMテーマ:ニュース

               

              パン屋は「国や郷土を愛する態度」にそぐわないのか。来年春から小学生が教科として学ぶ道徳を巡り、ある教科書の記述が文部科学省の検定意見を踏まえ「パン屋」から「和菓子屋」に変わった。

              記述が変わったのは東京書籍(東京都北区)の小1向け教科書に載る題材「にちようびの さんぽみち」。祖父とよく散歩する主人公「けんた」がいつもと違う道を歩き、見慣れたまちの新しい魅力を見つける−−という単純な内容だ。

              ところが、この題材に対し「学習指導要領に示す内容(伝統と文化の尊重、国や郷土を愛する態度を学ぶ)に照らし扱いが不適切」と検定意見がついた。文科省の担当者は「我が国や郷土の文化と生活に親しみ、愛着を持つことの意義を考えさせる内容になっていない」と解説する。指摘を受けて東京書籍は悩んだ末に「パン屋」を伝統的な和菓子を扱う「お菓子屋」に変更した。検定結果公表時、東京書籍の担当者は「(指導要領を)しっかり担保しなくてはいけないと感じた」と話した。〜毎日新聞〜

               

              私がこの記事を読んで強い嫌悪感を覚えたのは「パン屋」から「和菓子屋」への変更という些末な言葉の置換ではなく、国や郷土を愛する気持ちを育てていくことをあまりにも短絡的に考えるその幼稚さ、単純な置き換えでことを済まそうという軽薄さについてである。

              この短絡思考はいま、世間を騒がせている国有地払下げに伴う籠池氏の理念である理想の幼稚園=教育勅語という考え方とも直結するし、その幼稚園に賛辞を贈った安部総理夫人の浅はかさや教育勅語は否定できないと語った文科相の発言にもつながってくる。

              学校教育の根幹ともいえる指導要領を定める文科相のトップや官僚がこういう低次元の発言しかできない日本の現状が相当危ういのである。

              国や郷土を愛するとは子どもたちにとってどういうことなのかという本質的な議論とそのためにはどんな内容を教科書に盛り込むことが大切なのかを真摯に考えべきなのである。パン屋か和菓子屋かが事の本質ではない。なぜ、子どもにもわかるような簡単なことが文科相の官僚にも教科書会社の人間にも分からないのか?

              あまりにもお粗末な話である。


              2017.04.04 Tuesday

              エキナカ書店のいま〜西日本新聞社の記事より〜

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                先日、何気なくニュースを見ていたら、西日本新聞社の記事が目に留まった。

                内容は、エキナカ書店での売れ筋の本の話題である。

                たとえば、新幹線を利用して出張する40〜50代のサラリーマンにいま、人気があるのがライトノベルだそうだ。

                また、長編の重いテーマの小説よりも短編小説が圧倒的に売れているそうである。

                アンソロジーの「短編工場」という文庫本は作家陣に伊坂幸太郎や宮部みゆきをかかえているということで隠れベストセラーであるらしい。また、書店の滞在時間の平均時間は5分未満で、ささっと読みやすい短編を選んで乗車というケースが多いということだ。

                また購買意欲を促すうえで、書店員自慢の「ポップ」の果たす役割は大きい。

                確かに、本屋で「ポップ」に目を通すだけで、なんとなく読んでみたいという気持ちになることが経験上少なからずある。

                書店員の腕の見せ所である。

                 

                自分は仕事がら、新幹線や飛行機を利用しての出張などなどないが、夏休みなどに小旅行をするときには、文庫本数冊及び単行本は必携アイテムである。

                ただ、エキナカの書店を利用することはほとんどない。

                どちらかというと、しっかりした内容の長編小説をじっくり読む派である。

                いずれにしても本は旅のよい道連れになってくれることは間違いない。

                 

                 


                2015.06.20 Saturday

                恐怖の語感

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                  JUGEMテーマ:日記・一般
                  おもしろい記事を見つけた。
                  東京新聞のコラム「筆洗」である。
                  怪獣の名前にゴジラ、モスラ、キングギドラ、モスラ、ベムラーなどラ行が多く用いられる理由として、作家の丸谷才一がこう分析したそうである。
                  「やつら」「あいつら」のように最後にらを用いることで侮蔑の意味を表す言葉が日本語にはあり、怪獣を生み出した人々の心に転じて「恐怖」への対象というイメージが広がったのではないか。
                  おもしろい分析である。
                  同様に火山は阿蘇、浅間、有珠のようにア行とサ行の組み合わせのものが多く存在するということである。
                  これはマレー語のアサップ(煙)に関係しているのではないかという説もあるそうだ。
                  つまり、どちらにも恐怖の「語感」があり、その語感が人々に恐怖のイメージを想起させるという内容であった。

                  自分はオカルト映画をほとんど見ないが、今まで一番怖かったのは「エクソシスト」である。「サイコ」もだ。
                  最近ではといっても古くなってしまったが「ソウ」にもはまった。
                  共通項はア行とサ行とカ行のつながり。自分にとっての恐怖の「語感」である。




                   

                  2015.01.18 Sunday

                  涙のムハンマド掲載問題から

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                    JUGEMテーマ:
                    表現の自由か?宗教への冒涜か?
                    フランスで起きた、「シュルリー・エブド」銃撃事件以降の「涙のムハンマド」の掲載問題についてである。
                    日本の新聞社の対応は二つに割れた。
                    問題提起として掲載した産經や日経、東京。
                    テロは許すまじであるが、イスラム教信者の気持ちを考え、相手への敬意のもとに言論の自由な成り立つという朝日や毎日。
                    そういう態度に一貫性がないと叱る大学教授もいるが、掲載するか否かはあくまでも非イスラム世界の議論という同志社大学の内藤教授の考えが一番心に響いた。

                    ムハンマドというと聞きなれないが、私の世代は高校の世界史でイスラム教の開祖 マホメットと習った。
                    調べてみて分かったことは、キリスト教はイスラム教のムハンマドに対して敵対心をもち、あの聖地エルサレム奪還を試みた十字軍の遠征にそれが顕著にあらわているということである。
                    つまりキリスト教徒にしてみれば預言者はモーセやイエスで十分であり、ムハンマドなどどうでもよい軽い存在であり、もっといえば邪魔な存在という感覚でしかないのである。
                    そういう根深い差別・偏見を理解した上で、この諷刺画問題をとらえてみると、イスラム教の信者にとっては、ムハンマドの涙という絵は諷刺画でもなんでもなく、自分のよってたつ考え方の源でもある存在への冒涜とみなす不愉快極まりない絵と考えたほうが自然である。そういう最低限度のイスラムに対してのリテラシーももたないなら報道は避けるべきという指摘を内藤教授はしている。賛成である。
                    今までにも再三、「シャルリー・エブド」はムハンマドに対する侮蔑的な絵を掲載し続けてきた。その背景にあるキリスト教絶対主義という価値観を隠しながら。あえて、フランスではごく少数のイスラム教徒の心情を逆なでするようにである。日本ではそういう事実は決して伝えられない。そして、フランスを中心に今や9・11のテロの反動でブッシュが起こした一連の戦闘行為につながるような、いいかえれば報復行為を称賛するような雰囲気が形成されつつある。憎しみの連鎖の発動である。
                    同じことを繰り返してはいけない。
                    テロ行為への非難は至極当然であるが、一方で、多宗教への冒涜・偏見という問題とをきっちり分けて考える理性が試されているのではないか。私は強くそう思う。

                    2015.01.03 Saturday

                    アメリカ発 笑いについての調査より

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                      年が明けたら思ったら、あっという間に三が日が過ぎた。来週にはまたひとつ歳を重ねる。
                      50歳を過ぎて、人生観が変わった。肩に力を入れて生きていた自分が過去のものである。出世などにももう興味はない。どうすれば一日一日が楽しく自分にとって充実した日々になるのかを考えるようになった。
                      心の中にあったぎすぎすとした感情も減り、人前でも意識して笑顔が自然と出るようになった。
                      先日、笑いについてのおもしろい新聞記事を見つけた。
                      東京新聞のコラム「筆洗」である。

                      ▼「笑い」についての面白い調査がある。米デポー大学の研究者が、二十〜八十代の大学卒業アルバムを集め、その写真の表情と「その後」の人生を分析した▼その結果、それほど笑っていない人の離婚率は満面の笑みの人に比べ、五倍も高かった。満面派には、長寿の傾向もあったという『卒アル写真で将来はわかる 予知の心理学』・文芸春秋)▼あくまでも米国での調査。卒アルであまり大笑いしない日本人には当てはまらぬだろうが、心から笑っている人は「より前向きに」「より幅広く社会や人とつながる」ので、順調な人生を送れる可能性が高くなると研究者はみている▼大切なのは自然に出る満面の笑み。

                      満面の笑みとは言い難い現実が目の前にある。賃下げは続き、人間関係も円滑にいかぬことが正直いって多い。
                      心の中でぐっと怒りをこらえて笑うこともある。
                      それでも怒るよりはいいだろう。「笑門来福」の気持ちを大切にしたい。

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