スポットライト(BOOK SIDE STORY2018)

本や音楽を思いのままに紹介する。
それでも言葉にこだわり、思いを伝えたい・・・
そして思いの中に魂を込める。
虚飾を排し、嘘を捨て去る。

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2018.12.04 Tuesday

ラジオを聞いて考えたことー発する言葉に謙虚さはあるかー

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    JUGEMテーマ:日記・一般

    テレビよりもラジオ派である。

    ラジコで聞いている。

     

    先日も、 NHKのラジオ深夜便を聞いていた。落ち着いた語り口のNHKのベテランアナウンサーがアンカーを務めており、深夜にはふさわしいとは思えない賑やかなチャラチャラした音楽もない、静かな夜更けに聞くにはぴったりの放送番組である。

    日本の各地からの季節の便りや植物や天体のことなど興味深い話題も多い。

    ゲストを招いてのワンテーマトークもなかなか味わい深いものがある。

    その日のテーマは「私の友人」であった。

    その時のゲストは俳優であり、芸能人夫婦としても有名なW氏であった。

    何ということもなく聞いていると、段々と不快になっていく自分がいた。

    自分には有名な芸能人の仲間が多い事や忘年会では50人くらい集まって余興のゲームの景品は自分持ちであるとか、高校時代は生徒会長であったとか、友人は市長をしているとか。要はくだらない自慢のオンパレードなのだ。

    そういうことを57歳にもなって得意げに、しかも公共の放送を使って喋ることの愚劣さに気づかない。

    友人によって自分はこういう影響を受けて今日の自分があるという大切なテーマが後回しになっている。

    すぐにラジオを消した。

     

    それに比べて、昨日の文化放送「レコメン」の中のKinKi Kidsのコーナーでの堂本剛の話は心に響くものがあった。

    今年の年末にある恒例の年越しのライブイベントには出られないという理由を切々と語っていたのだ。

    「自分は音響障害という障害があるため、大きな会場で響く音が頭の中で反響して自分が何を歌っているのか分らなくなる。そういう状況を理解してほしい。」という内容であった。

    そして、その障害があるからダメだと思うのではなく、今の自分の置かれた状況の中で、最大限音楽に関われることとは何かを考えながら応援してくれるファンの方のために精一杯のことにトライしていくと結んでいた

     

    私はKinKi Kidsのファンではない。しかし、切々と一つ一つの言葉を大切にして語るその言葉に感動した。

    先に紹介したW氏と彼との違いは、「謙虚さ」に尽きると思う。

    芸能人の仕事の本質は芝居にしても歌にしても、見に来てくれる客ありきのものであろう。

    その根底の部分での「謙虚さ」があるかどうかが喋る言葉に表れるのだと思う。

    私が敬愛してやまない山本周五郎はすべての文学賞を辞退した。なぜなら、最大の評価者は読み手以外ないと考えていたからである。

    そういう生きる姿勢を学びたい。


    2018.11.22 Thursday

    「ベストヒットUSA」 小林克也の言葉

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      JUGEMテーマ:音楽

       

      今日の深夜FMを聴いていた。「ベストヒットUSA」である。

      1980年代においては洋楽の最先端を紹介する草分け的なテレビの人気番組であった。

      MCはその頃と同じ小林克也である。

      あの独特の語り口はいまも健在であった。

      チャート形式で曲を紹介していく中で、気になった言葉があった。

      「アメリカではいまアルバムは全く売れない」ということである。

      十数曲まとめたアルバムを買う人は大幅に減り、i Tunesなどを通じてよい曲があれば曲単位で購入する人が圧倒的に増えたということである。曲単位で買ったものを集めて自分のお気に入りのプレイリストを作るというのがトレンドであるらしい。

      そういう流れ合わせて、アーチスト側も頻繁にシングルを作って配信する傾向が見られるという。

      アリアナ・グランデなどが顕著な例であるということを語っていた。

       

      自分が若い頃はレコード盤のジャケットも含めて「コンセプトアルバム」というアーチストの表現したいテーマが如実に表れているものが存在し、ファンにとっては人気が高かった。もうこれからの時代コンセプトという概念すら消えていくのかも知れない。

      少し寂しい気がする。

      レコード店での試聴もままならない時代であったので、ジャケットから音を想像したり、ジャケットそのものに惹かれてレコード購入に走るということもあった。いわゆる「ジャケ買い」である。

      今はどのアーチストのジャケットを見てもアートを感じさせるものが少ない。

      レコードに比べて、表現するスペースが小さいということもあるがJPOPなどは大抵がアーチストの顔や姿を載せていればいいやくらいの感覚でつくっているものが圧倒的に多くて、没個性の極みである。

       

      だから、必然的に耳を傾ける音楽が70年代や80年代の音楽に回帰することになる。

      最近、よく聴いているのは1974年発売のkansasのファーストアルバムである。

      ヴァイオリンとキーボードの絡みが絶妙であり、40年以上前の作品とは思えない色褪せない音楽である。

      プログレッシブ・ロックなどというジャンル名をいま言っても理解不能なのだろうが、その時代を代表する音が確かに存在した。

       


      2018.11.15 Thursday

      「世界の果てまで行ってQ」のやらせ報道について

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        JUGEMテーマ:ニュース

         

        「世界の果てまで行ってQ」の名物コーナーであった「世界の祭り」がいま大きな矢面に立たされている。

        今日は日本テレビの社長が緊急の謝罪会見を行った。

        その事に関して、先ほどFM J−WAVEのJAM THE WORLDにおいてコメンテーターの堀潤が語っていたことが印象的であった。

        要約すれば次のようになる。

        高視聴率の番組であり、子供からお年寄りまでが楽しめる番組であっただけに残念である。たかがバラエティ番組を盛り上げるための演出ではないかという声もあるが、問題はそんなに単純ではない。今回対象となったラオスやタイといった東南アジアの国の人たちに対して札束で釣るような行為は、そういった国々の人たちを上から見下げているような侮蔑的な行為でもある。バラエティだから、おもしろければということで片づけてはいけない。

        私はこの言葉に共感した。

        制作者の心の裡にそういう意識がなかったかといえばウソであろう。

        相手が欧米の国々であったならばそういうことをしたのだろうか?

        徹底的に今までに取り上げた祭りすべてを調べるくらいの覚悟が日本テレビには求められているのではないか。

        いまや地上波の番組のつまらなさには目を覆いたくなる。

        クイズか動物か健康である。だから、私はニュース以外見ない。

        出川哲朗のお決まりのフレーズ「リアルガチ」をテレビに求めているのだが、そういう番組がなくなってしまったのが現実である。

        その中にあって「行ってQ」は見て純粋に楽しめる番組であった。「初めて知ること・見ること」も多く面白かった。だから、大河ドラマをもしのぐ国民的番組になったのであろう。

        「視聴率」という数字に目を向けるのではなく、見ている人間に対して嘘をつかないということが番組作りの大前提であることを番組に携わる人々全員が肝に銘じてほしい。

        宮川大輔のツイッターサイトに応援メールを送って偽善者ぶっている者の行為など具の骨頂である。


        2018.01.13 Saturday

        ラジオで聴く朗読番組 その問題点

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          JUGEMテーマ:日記・一般

           

          ラジオを聴くことが好きだ。今はスマホがあればどこでもよい音質で聴けるのでとても便利である。

          「スマラー」というらしい。

          基本的にはFMでの音楽中心の番組が主となる。

           

          先日、興味があったので今はまりにはまっている司馬遼太郎の朗読番組を聴いてみた。

          NHK FMでの「最後の将軍 徳川慶喜」である。

          読み手はアナウンサーとしては重鎮ともいえるNHKの松平氏である。

          しばらく聴いていたのだが、全く内容が頭に入ってこないのである。

          自分で読んでいた時の内容の面白さが伝わってこない。

          その理由は、言葉の難しさである。

          一聴して、何と語っているのか分からないまま、どんどん進んでいくために物語の展開が理解できないのである。

          つまらないので消した。

           

          漢字が意味を伝える文字であることの意味の大きさを改めて痛感した。

          特に時代歴史小説にラジオでの朗読は適さない。

          自分で静かに文字に目を凝らし、ページをめくっていくよさにしか読書の醍醐味はないのであろう。


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