天の光

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    JUGEMテーマ:読書

    葉室麟の「天の光」(徳間書店)を読み終えた。

    心に深い感動が押し寄せている。

    仏師 清三郎がたどり着いた境地。

     

    闇の夜を生きる人々が味わうのは嫉妬、欲望、我執の苦悩ばかりだ。それを照らし出し、ひとを導く光こそが仏であるだろう。仏の像を彫るとはすなわち、光を見出すことにほかならない。(形を彫るのではないのだ。光を導くのだ。)

    仏像を彫る材木は、木片に過ぎない。仏性が目に見えるものであるはずもなかった。彫り上げた仏像から放たれる光こそが仏性なのだ。

     

    妻をただ救いたいと言う一念で仏を彫り続けるその懸命な姿に心打ち震える。

    最後の場面。仏を彫るために使っていた鑿一つで、妻を奪回するために敵であるで鬼岩に向き合う清三郎。

    「何があろうと、わたしにとっておゆきは昔と変わらない観音様だ。仏師であるわたしが命懸けで観音様を守る気持ちは、未来永劫変わらない。」

    「わたしはお前を救うためにこの島に来たのだ。」

     

    物語の幕切れも実によい。この本に出会ってよかったと素直に感じることができる圧倒的な読後感である。

     

    「おゆきの幸せこそ、自分が精魂込めて彫り上げた仏であった。」

     


    葉室麟の凡作「あおなり道場始末」

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      炎上系の動画といった愉快ではない話題から転じて、本についてである。

      最近はもっぱら葉室麟の小説を読んでいる。

      昨日、一気に図書館で読み終えたのは「あおなり道場始末」(双葉社)である。

      重厚な作風とはうってかわって、葉室麟としては異色なライト感覚の作品である。

      剣術道場主の父親を殺された3兄弟が道場破りをしながら、日々の生活を凌ぎ、同時に仇を探すという筋立ててある。

      葉室麟お馴染みの藩主の世継ぎという政争に絡めて、テンポよく物語は進んでいく。

      謎解き風の面白さも味わえる。

      しかし、最後に語られる父親の仇である人物の殺しの動機があまりにも薄っぺらであり、肩透かしを食うことになる。

      そういう意味では今作は葉室麟の作品にあっては凡作と言わざるを得ない。

      3兄弟の絆やコミカルな会話など新しい味もあったのであるが、物語の柱の部分が弱すぎるので致し方ないと思う。

      ただ、好きな作家であることは確かである。


      「秋霜」 人間にとって大切な心とは何か

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        一里塚に過ぎないけれど、記念すべきブログ記事1500件目を迎えた。

        その記事として葉室麟の「秋霜」(祥伝社文庫)について書けることを嬉しく思う。

        葉室麟の作品の中でも、とりわけ好きなのが羽根藩シリーズと言われているものである。

        直木賞を受賞した「蜩の記」からスタートした計5作の作品である。

        その中でも第3作の「春雷」と4作「秋霜」は連作という趣が強い作品であり、ひときわ心に残る。

        作家の安倍龍太郎が「秋霜」を評して「厳しい現実に垂らされた救いの糸のような物語」と語っているが、まさにその通りである。

         

        登場人物の重要な一人である千々岩臥雲が人間にとって大切な心について語る場面がある。

        それは忍びざる心。例えば、幼児が井戸に落ちようとするのを見れば誰でも心配して助けたいと思う。

        その心は言い換えれば惻隠の情であり、名誉や他者からの評価などとは無縁の人として自然なことなのだと説く。

        しかし、一方で惻隠の情のない外道が世の中には存在するのも事実。

        大切なことは、惻隠の情をもたぬ人間のことを責めたり、嘆いたりすることではなく、己の中に惻隠の情があるのかをただ問えば良いのだ。

        この臥雲の言葉はズシリと胸に響く。

         

        終盤。生きる目的や幸せを感じたことのない孤独な小平太の心の中に芽生えた感情。

        自らの生き方に満足を感じることは、実は容易なことなのかもしれない。ひとをいとおしみ、そのひとのためなら全てを擲っても悔いはないと思えるなら、それで十分なのだ。

        いとおしんでくれる人がいるということが、この世で最も幸せなことなのではないだろうか。だからこそ、楓を何とか守り抜きたいと思った。(楓様には何としても生きていただく)

        それこそが、自分がこの世に生を享けて果たさねばならぬ使命なのだ。

         

        そして、最後の怒涛の展開。クライマックス。

        すこぶる心地よい圧倒的な読後感。

         

        まだ今年に入って5ヶ月ではあるが、今年読んだ本のベストとも言える作品である。

        日本人としての矜持や人のことを想う気持ち。今の時代に忘れられた大切なものがこの本の中には全て詰まっている。

        永遠の名作である。

         

         

         


        「散り椿」相手を想う一途さに心震えた・・・

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          葉室麟の「散り椿」(角川書店)についてである。

          この作品は昨年、岡田准一主演で映画化されているので、多くの方が知っている作品かもしれない。

          ただ、主人公の瓜生新兵衛のイメージと岡田准一のイメージが違うので、このキャスティングを知り自分は正直違和感を覚えた。

          また、映像は原作を超えないということを固く信じてるので、映画自体も予告編のみ知るだけである。

           

          一言で言えば、葉室麟の多くの作品に見られるお家騒動を背景にした、巨悪に立ち向かうというオーソドックスな筋立ててある。

          そこに新兵衛とお篠を中心とする登場人物相互の心の機微の交差を描いている作品である。

          愛する者の願いを聞き入れるために致仕した男 瓜生新兵衛が18年ぶりに故郷に戻るところから物語は始まる。

          その願いとは、「散り椿」を見届けて欲しいということのみ。

          その言葉に隠された篠の本当の思いとは。

          久しぶりに、本を読んでいて感情が溢れ、涙を流してしまった。

           

          新兵衛と篠の相手を想うその一途さに心は打ち震えた。

           

          映画のキャッチコピーは確か「男は、愛する者のためにただ剣を振るう」である。

           

          私は篠の視点でキャッチコピーを自分なりに考えてみた。

          「生きてくださいませ、あなたー」

           

          あなたが生き抜いてくださるなら、わたしの心もあなたとともにあるはずです。形に沿う影のように、いついつまでもあなたの傍に寄り添えることでしょう。

          白、紅の花びらがゆっくりと散っていく。豊かに咲き誇り、時の流れを楽しむが如き散り樣だった。

          (わたしも、あの椿のように・・・)


          鼓くらべ 山本周五郎の芸術観

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            JUGEMテーマ:読書

            前回の続きである。

            山本周五郎の短編集「松風の門」は全編粒ぞろいの作品であるが、「鼓くらべ」は周五郎の芸術観が鮮明に表れている作品である。

             

            すべて芸術は人の心を楽しませ、清くし、高めるために役立つべきもので、そのために誰かを負かそうとしたり、人を押し退けて自分だけの欲を満足させたりする道具にすべきではない。鼓を打つにも、絵を描くにも清浄な温かい心がなければ何の値打ちもない。

             

            この文がすべてを物語っている。

            生涯にわたり文学賞を固辞し、読者の評価こそが唯一の評価と言い切った周五郎の姿と重なる。

             

            くだらない総選挙などという企画で、太客と言われる厄介なファンを生み出し、暴行事件にまで至る背景には我欲を通すためには、どんな手段を使ってでも人を押し退けるという醜悪な空気感が醸成されている。

             

            「清浄な温かい心がなければ何の値打ちもない。」

             

            そんな値打ちのない歌が世の中に溢れていることが悲しい。

             

             

             


            連続読破 時代歴史小説の魅力

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              読書はコンスタントに続けているのであるが、なかなか記事にすることができなかった。

              最近、読んだ本は平谷美樹の「よこやり清左衛門仕置帳」(角川文庫)、山本周五郎の「松風の門」(新潮文庫)、葉室麟の「散り椿」(角川書店)である。

              3作とも時代歴史小説である。

               

              以前紹介した、周五郎の「しじみ河岸」の中での「人が人を裁くことが、間違いだ。」という言葉に触発されるように思わず書店で手に取ったのが、「よこやり清左衛門仕置帳」である。

              冤罪と思われる者を見つけ出して、独自探索を行うことから名付けられた「よこやり清左衛門」とその部下である政之輔の成長を描いたこの作品は、物語の設定が面白く引き込まれた。

              遠山の金さんや鳥居耀蔵などという有名人物も登場するのも読みどころの一つである。

              一つの事件の裏にあるのは幕閣の政争というお馴染みの展開になるのだが、幕閣の政争がステレオタイプ過ぎて、残念ながら今ひとつ物語に深みが書ける展開となり、あたかも続編がありますよという含みを持たせた消化不良の幕引きにもやや不満が残った。

               

              その点、やはり山本周五郎の短編集「松風の門」は見事な内容である。

              中でも、評者に「名人芸」と言われた下町物の傑作「釣忍」は思わず読み終わったあとため息が出るほどの素晴らしさである。

              心底、惚れた女房「おはん」を思う定次郎の姿に心惹かれる。

              女房のために富裕な実家への帰参をどうにか断るために彼が最後に取った行動とは。そして、おはんは。

              「今度こそおめえとおれで逃げ隠れせずに暮らせるんだ。」定次郎の言葉が胸に迫る。

               

              タイトルの「釣忍」に込めた周五郎の思い。全てが完璧である。

               

               

               


              GWの過ごし方 読書のススメ!「明和絵暦」を読み耽る

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                テレビのニュースでは10連休にちなんだロケをお決まりの東京駅や成田空港などでインタビューする特集を流している。

                ラジオでは明後日30日は平成の大晦日と称して渋谷あたりで大騒ぎするのではという憶測まで飛び交っている。

                そんな世の中の動きとは無縁に静かに日々は流れていく。

                昨日、今日と一日中読書をして過ごした。

                お金がかからない最大の娯楽は読書である。これは間違いのない事実である。

                山本周五郎の「明和絵暦」(新潮文庫)を読み耽っていた。

                文庫本600ページの長編も気がつけば残り100ページを切っている。

                この長編は周五郎が新聞に連載された2番目の小説であり、扱っている内容は「明和事件」(1766年)である。

                幕末には我が国に大激震を走らせることになる尊王運動の弾圧事件の走りである。

                流石に新聞連載2作目ということもあるのか、読者を意識したその筆致にはいささか力が入りすぎなところはあるが、俗に講談調と呼ばれる小気味好いテンポで物語は展開していく。後の「彦左衛門外記」ほどの軽妙さには欠けるものの、紛れもない周五郎流のエンターテイメントが感じられる重要な作品である。

                 

                周五郎の座右の銘である「人間の真価は何を為したかではなく、何を為そうとしたのかである。」が明確に打ち出された作品とも言われている。登場人物の描き方がステレオタイプ的など確かに深みに欠ける面はあるものの、一気に読ませるだけの面白さは十分にある。サイドストーリーとしては嫌悪していたと言われる作家「吉川英治」を意識した作品とも言われている。そういう話も読み手の興趣を醸し出す味付けとなっている。

                 


                ニワトリは一度だけ飛べる

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                  最近、ブログの執筆ペースが落ちている。

                  花粉症の影響と慢性的な鼻づまりでイライラすることが多い。

                  普段の年であれば春になれば体調が好転することが多かったのであるが、調子が上向かない日々である。

                  今日は久しぶりに図書館に来ている。

                  重松清の新作「ニワトリは一度だけ飛べる」(朝日文庫)を一気読みした。

                  新作といっても16年前に週刊朝日で連載していた長編を今この時期に本にしたものであり、いきなりの文庫化である。

                  その事情については前書きで詳しく述べられているのでここでは記さないが、我が国を食品偽装問題が覆っていた時期であり、書籍化にあたっていろいろな障害があったようである。

                   

                  読み終えて感じたことは、流石は重松清。一気に読ませるツボを心得ている作家であり、読後感も良い。

                  苦い味わいのテーマではあるが、物語のクライマックスには一発逆転のカタルシスも用意されている。

                  ただ帯にあるような「笑って泣ける」というほどの重松清節満載という内容ではなく、それが逆に胸に静かな余韻を与えてくれる。

                  この物語において大きな役目を果たすのは「オズの魔法使い」と革命の雄チェ・ゲバラの言葉。

                  「ゲリラ戦士は戦闘に際しては大胆沈着に行動しなければならない。戦闘に先立って有利な面と危険とを慎重に分析し、肯定的な結論が出ないような場合でも、情勢に対して楽天的態度を失わず、正しい決定を下すことが要求される。」

                  巨大な権力を持つ者に対して、力無き男たちがどう立ち向かうのか。

                  最後に仕掛けた「ゲリラ戦」とは。

                  そして、勇気とは何か?

                  ハッピーエンドではなく、主人公たちの進むべき先には困難が予想されるものの、歩き出す一歩には何か明るさが感じられる。

                  佳品である。

                   


                  待望の文庫化 「騎士団長殺し」

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                    今年に入ってジャズばかり聴いているということはブログの記事タイトルにしていることからも周知のとおりであるが、久々にクラシックを聴いた。

                    メンデルスゾーンの弦楽交響曲である。

                    私の心を触発したものは村上春樹の現時点での最新長編である「騎士団長殺し」(新潮文庫)である。

                    3月に入り、やっと文庫化された。この日を心待ちにしていた。

                    あっという間に第一部も残り僅かである。(文庫本にして660ページ)

                    かつて、日本文学の最高到達地点と題して、「ねじまき鳥クロニクル」を紹介したことがある。

                    それから、かなりの年月が流れたが、私の中でその評価は変わっていない。

                    圧倒的な面白さであった。

                    その「ねじまき鳥クロニクル」とメタファーとして相似している部分があることを読み始めてすぐに感じた。

                    例えば、井戸である。今回は、高さ3メートル、直径2メートルの石室の中の空間である。

                    死に限りなく近接するために、そして恐怖を乗り越え、自己を克服するためにその中に閉じこもることを選択する登場人物の姿は、「ねじまき鳥クロニクル」の主人公の姿と重なるものがある。

                    また、主人公の置かれた状況。今回は、突然妻に別れを切り出され、途方に暮れる姿もである。

                    加えて歴史的事象とくに第二次世界大戦に関わる事柄との関連性もそうである。ノモンハン事件とアンシュルス。

                    村上作品を形成する特有の世界観の象徴的な一片と言っても良いかもしれない。というか「ねじまき鳥クロニクル」との相関性の高さとも言える。

                    そういう観点から見れば、作品としてのオリジナリティにはいささか不満はあるが、その物語の面白さは抜群で、ぐいぐい引き込まれている。ページを止めることに苦労する小説である。

                    クールでありながら、ドライすぎず、ミステリアスでありながら荒唐無稽ではないリアリティ。

                    混ぜ合わされる素材のその調合の量が見事なほどに絶妙で、きっと唯一無比のカクテルなのだろうなあと思う。

                    「真実が時としてどれほど人に深い孤独をもたらすものか

                    こんな小見出しひとつの付け方に比喩の天才としての凄みを感じる。流石である。

                     


                    蜩の記

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                      久々に葉室麟の小説を読んでいる。

                      人気の羽根藩シリーズの記念すべき第1作目となった「蜩の記」(祥伝社)である。

                      330ページの単行本も気が付いてみれば残り30ページである。

                      やはり葉室麟は読ませる作家である。

                      藩主の側室の暗殺を守りながらも、敵愾視する一派からのありうべきもない不義密通の罪に問われ、切腹の命を受けた戸田秋谷。

                      そして、命の刻限を決められた中で、家史編纂を黙々と続ける秋谷。

                      その秋谷のいわば切腹までの日々の見張り役として派遣された壇野庄三郎。

                      この男にとってもこの役目は切腹を免れる仕事であった・・・。

                      こういう設定がまず面白いし、読者の心を惹きつけるのである。

                      葉室麟作品にみられる登場人物の造形描写が非常にくっきりとしているので、それが読み易さに繋がっている。

                      意外性はないのだが、テレビの人気時代劇を見るかのように安心して作品を味わえるのである。

                       

                      人との縁について語る松吟尼の次の言葉が心に響いた。

                      松吟尼とはかつての側室であり仏門に入ったお由の方である。

                      「この世に生を受けるひとは数え切れぬほどおりますが、すべてのひとが縁によって結ばれているわけではございませぬ。縁で結ばれるとは、生きていく上の支えになるということかと思います。」

                      「美しい景色を目にいたしますと、自らと縁のあるひともこの景色を眺めているのではないか、と思うだけで心がなごむものです。生きていく支えとは、そういうものだと思うております。」

                      「たとえ思いが果たされずとも、生きてまいらねばなりませぬ。されど、自らの想いを偽ってはならぬと思うております。」

                       

                      家史に隠された陰謀をどのような形で明らかにするのか。

                      秋谷の運命は?まさに興味の尽きないラスト30ページである。

                       


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