良質な時代劇映画のような余韻 佳品「おもかげ橋」

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    JUGEMテーマ:読書

    葉室麟の「おもかげ橋」(幻冬舎)を清々しい気持ちで読み終えた。

    久しぶりの葉室麟らしい佳品であった。

    「玄鳥さりて」も読み終えたのだが、作品全体を通して流れている色彩の暗さ、物語の設定が既読の作品と重なる部分が多いなどと言う点で物足りなさも感じていたところだったので、心地よい読後感に浸ることができた。

     

    主人公の草波弥市と小池喜平次がいい味を出している。

    藩を守るために取った行動のために責任を取らされる形で致仕した二人。

    江戸でかたや剣術指南、かたや商人に身を変えて暮らしている二人の前に現れた、彼ら二人を国許を去らせた勘定奉行の娘 萩乃との16年ぶりの運命的な再会。

    萩乃こそ、二人ともが想いをかけた女性であった。

    そして、止むに止まれず引き受けた用心棒。

    敵はかつての「化け物」と恐れられていた男 左京亮。

    クライマックスの対決シーン。そして、おもかげ橋での別れ。

     

    人と人とのつながりの深さ、静かに想いを寄せ続けることによって生まれる悲しみや喜び。

    それらが、宿敵との対決が近づくにつれて明らかにされ、ひとつずつひとつずつ解きほぐされていく。

     

    まるで良質の時代劇の映画を見ているような余韻が残る見事な作品である。


    「虚空遍歴」主人公 中藤冲也の言葉に込められた山本周五郎の芸術・文学論

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      久しぶりに本についてである。

      山本周五郎の晩年の長編作品である「虚空遍歴」(新潮文庫)を読んでいる。

      端唄で人気を得た中藤冲也は、従来の決まり切った型にとらわれない「冲也ぶし」と言われる新しい浄瑠璃の完成を目指して、江戸を離れ諸国を放浪する。その主人公を献身的に支える一人の女性 おけい。

      この二人のつながりを軸に物語は展開していく。

      読んでいて、とても胸が苦しくなるのは、浄瑠璃に取り憑かれ極限までにストイックとも言える冲也の狂気とも言える姿が胸に突き刺さるからだ。

       

      人生において、うまくいくことよりも挫折することが多い。

      うまくいったかと思えば、その反動による辛さや苦しみは大きい。そういう人間誰しもにも当てはまる心のうちに仕舞い込んでいる「喜び」や「悲しみ」が、読み進んでいくうちの沖藤冲也の姿とオーバーラップして自然と己の心の内に立ち現れてくるのだ。

       

      「これまで多くの人間から嘲笑され、侮辱された。」「そのたびにおれは震えるほどの怒りに駆られ、がまんできずに人を斬ったことさえある。けれどもおれは、自分の浄瑠璃に見切りをつけたことだけは一度もなかつた。誰に悪口を云われ、けなしつけられ、笑われても、自分の浄瑠璃に絶望したことは決してなかった。」

       

      「自分に悟りなどいらない。人の十倍も苦しみ十倍も悩み、誰も経験したことのないような恐怖や絶望を経験して、その中から本当の浄瑠璃を生み出してゆくのだ。」

       

      冲也の語る言葉がひとつひとつ心に重く響いてくる。それはある意味作者である山本周五郎の「芸術論」「文学論」であろう。

      そして、この作品の根底には何気ない暮らしを営んでいる人々の背負っている苦しみや悲しみに寄り添い、共感するという、いつもの周五郎の作品に共通する思いが流れている。

      圧倒的な読み応えの傑作である。


      テーマは児童虐待。「フーガはユーガ」 緊張度MAXの結末は!?

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        テーマは重い。「児童虐待」。

        伊坂幸太郎の「フーガはユーガ」(講談社)を読んでいる。

        前回紹介した「ホワイト ラビット」とは一転し、胸が締め付けられるような思いを抱きながらもその物語の展開力に強く惹きつけられたまま、あっという間にすでに終盤である。

        登場する大人は、リサイクルショップを営む「岩窟おばさん」以外はほぼ嗜虐的な嗜好の残忍な悪人である。

        「悪人」とは法的に犯罪を犯した人物という狭い意味ではなく、悪意の塊=良心のかけらのないの人間のことである。

        この物語で綴られる暴力シーンは目を背けたくなるような、吐き気を催すほどの酷いものである。

        時々、読むのが辛くなる瞬間があった。

        それは自分自身の子供時代を思い出すからである。

        私の父親も酒に酔うと逆上して母や自分に平気で暴力を振るう人間であった。とめどもない暴力の嵐。

        そのトラウマは消えることはない。

        フーガとユーガの父親もそんな人間である。

         

        僕と風我も生まれたとたんに、「外れ」と捨てられたかのような日々を送ってきた。それでも放り投げずに、しがみつくように生きてきた。

         

        何気ない一文であるが、とても胸に刺さるのである。

         

        救いのない物語の中で、彼らだけがもつ特殊な力をいかに救いに生かせるかが大きな鍵となっている。

        そして、いよいよ緊張度MAXの予感を孕んだクライマックス。

        ページを捲るスピードは緩みそうもない。伊坂幸太郎の凄みである。


        ホワイトラビット オリオン座とジャン・バルジャンと「愛」の物語

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          読みたい、読みたいとずっと思っていながら未読のままの本があった。

          伊坂幸太郎の「ホワイトラビット」である。

          読み終えた結論から言えば、これぞ伊坂ワールドの全開、圧倒的な面白さである。

          人質篭城物のストーリーであるが、予測不能の展開にずっと引きつけられ、あっという間に読了した。

          どこか軽妙なタッチで語られる物語そのものがもつ魅力。それこそ、「伊坂幸太郎マジック」の真髄である。

           

          オリオン座とジャン・バルジャンと「愛」の物語。

           

          奇妙な仕掛けの話を創ろうとすればするほど、必ずどこかに齟齬が生じ、こじつけや大味な部分も出てきそうなところだが、流石は伊坂幸太郎、最後の最後まで見事な設定で楽しませてもらった。

          あとがきで初めは硬派な犯罪小説を書きたいと思っていたが出来上がったものは映画「ホステージ」や「ダイハード」や「交渉人」の混じり合ったようなものであると述べているが、完成度はそれらを凌ぐのではないかと思う。

          しかも読後感が頗るいい!

           

          それは、物語の最終盤において引用されるジャン・バルジャンを諭した司教の言葉に如実に表れていると言える。

          「迷ったり、怠けたり、罪を犯してもいいが、正しい人になれ。」

          その言葉の意味が最後に明かされる時、この「白兎事件」は全容解明どころか、さらに迷走していく。そこが実に見事なオチの付け方なのである。

          伊坂幸太郎の代表作たりうる見事な傑作である。

           


          太平洋食堂 大石誠之助の生き様

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            単行本で500ページ近くと言えば重量感のある長編である。

            柳広司の最新作「太平洋食堂」(小学館)を読み終えた。満足感が心の中に溢れている。

            「ジョーカーゲーム」などでお馴染みの柳広司にしては新機軸とも言える史実に基づいた歴史小説である。

            主人公は大石誠之助。紀伊和歌山の最南端新宮市で医療を営む医師である。この本を通して初めて知った人物であった。

            時は明治30年代。

            明治新政府になり新しい国づくりが進む中、日清日露戦争を経て、国民の間に貧富の差が拡大し、その不満を是正しようとロシアの社会主義運動に啓発された幸徳秋水や堺利彦との交流を大石誠之助が深めていく中で、日本歴史史上の暗黒の汚点とも言える事件が起きる。悪名高い、「刑法第73条事件」である。

             

            この刑法73条の奇妙さは「おそらく将来または未来において天皇に危害を加えるであろうから罰する」という未来を裁くという途方もない不具合な条文である。しかも刑は「死刑」である。

            そのため、時の政府や官憲にとって不都合な人物の罪を作り上げ、でっち上げで裁くことができるという極めて危険な内容であった。

             

            だが「嘘から出たまこと」の如く伝言ゲームのように謄写版が爆裂弾にすり替わり、爆裂弾の材料となる塩酸カリなどが一部の社会主義者の家から見つかるなどという無い物がさもあるかのような体をなしていくという連鎖が起きていく。

            そういう意味では、死刑に処せられた12名の内、4名に疑念の目が向けられたことはある意味仕方のないことかもしれない。

            しかし、幸徳秋水や大石誠之助の罪はは全くのでっち上げであったことは明らかである。幸徳秋水が大石誠之助などと「天皇暗殺謀議」をしたなどという事実はない。都合の良い憶測のみで死刑に処したのである。

             

            そういう歴史の暗部に光を当てながらも読後感が悪くないのは、ドクトルと呼ばれた大石誠之助の生き様によるところが大きい。

            「正しいかどうかは知らんけど、今の世の中にえらい貧富の差があるのは確かや。金持ちは金持ち、貧乏人は貧乏人という、いわれのない差別がある。医者をやっとったら、それはいやでも目に入ってくる。その現実があるのを知りもてー貧しい者、虐げられている者苦しんでいる者があるのを知っとってーそれがあかんことやと思いながら、その現実から目を背け、手をこまねいてワガのことだけやって、果たしてそれで生きていけるもんやろか?ワガのためだけやったら。無抵抗主義でもアキラメ主義でも別にええよ。そやけど、貧しい者、虐げられている者、苦しんでいる者らに対してアキラメ主義を説くことは、自分にはどうしてもできん。そんなことはどないしても、ようせん。」

             

            社会主義という言葉に振り回されることなく、1人の人間として弱い人間の立場に立って行動実践しようとする姿に素直に感銘を受ける。彼をして大塩平八郎も由衣正雪、キリストさえもおなじ「主義者」であったのかもしれないと語る場面が印象深い。

             

            最後に、今から2年前の2018年に新宮市議会により名誉市民にすることが決議されたことは本当に嬉しいニュースである。


            周五郎の魅力が凝縮された名作「正雪記」

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              山本周五郎の「正雪記」(新潮文庫)を今、読み終えた。

              上下巻900ページの長編である。

              正雪とは歴史上の人物である由比正雪のことである。

              周五郎が明確な歴史人物を取り上げることは珍しいし、取り上げるにしても歴史上評価の低いというか悪い印象の人物を取り上げ、周五郎なりの角度からその人物像に独自の意味を与えるという手法には変わりはない。

              由比正雪もそういう人物である。三代将軍家光死後、徳川幕府転覆のクーデターを企図した首謀者ということになっている。

              しかし、周五郎いわく、そんな事実を裏付ける資料はないということであり、取締り当局である幕府の公儀により一方的な発表であり真偽は疑わしいということである。

               

              読み終えた今、思うことはこの作品は周五郎の全ての魅力が凝縮された作品であるということである。

              単なる、由比正雪という人物の一生を綴った物ではない。この作品に内合されているのは伝奇性や正雪を取り巻く人物達の造形描写の面白さ、何より徳川幕府が関ヶ原の戦い以降、豊臣家との戦い(大阪 冬・夏の陣)を経て全国の多くの大名を取り潰したり、領地を没収したりする形で多くの侍の生きる場をなくし、生きる方途を失わさせる悪政のもとで強力な政治基盤を確立していったという大きな社会背景が明確に描かれている点である。

               

              悪謀を図る松平伊豆守 信綱との対決が終盤の読みどころであるが、権力を欲しいままに操る人間への批判が周五郎の筆致から溢れている。

               

              「坐して殺されるよりのるかそるかやってみようという、言葉は壮烈に似ているが、事実は狂気と逆上にすぎない、自分は壮烈に死ぬつもりでも、天下のひろい眼で見れば暴死と言われるだろう、死ぬことに虚栄を張るな、壮烈であろうとなかろうと、死そのものにはなんの変わりもない、生きることを考えろ、勝つか負けるかは運のものだ、たとえ負けるにしても、敵の刃で首を刎ねられまでは生きてたたかうんだ、それが真実の勇気であり、真実の壮烈というものだ」

               

              島原の乱の際に謀殺討死された浪人達をはじめ生きる道を絶たれた全国の同志の悲憤を晴らそうと旗揚げしようとする盟友 丸橋忠也に語りかける場面である。

               

              最後の最後まで生きることにこだわり、自分の信念を貫き通そうとする正雪の姿に清々しさを感じつつ、静かに本を閉じることになる。名作である。


              風かおる 人の心に入り込む負の業の連鎖を描く

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                三連休もあっという間に二日がすぎた。

                体調も70%くらいまで回復したが、外出は控え読書に親しんでいる。

                昨日は葉室麟の「風かおる」(幻冬舎文庫)を読了した。

                このブログでは記事別のアクセス数を知ることができるのであるが、残念ながら葉室麟の著作に関しての記事に関心が集まることは少ない。そう少し関心を持って欲しい作家なのであるが・・・

                さて、この作品。カバーの絵やタイトルから想像すると爽やかな武家物というイメージであるが、内容は全く違う。

                葉室麟の他作品と比べても異色の部類ではないかと思う。

                どちらかというと謎解きの比重が高く、ミステリー仕立てて物語は進んでいく。

                終盤、真相が明らかになった時、ふと先日紹介したシーラッハの「刑罰」とテーマにおいて重なる部分があることに思い至った。

                 

                「今回の件で悪人は一人もいないようだ。しかし、ひとの心には時として魔が入り込む。魔は毒となってひとを次々に蝕んでいく。その様はまるで疫病のコロリのようだな。」

                 

                「魔」とは嫉妬心や猜疑心であり、ひとたび人間の心に取り憑いたなら、その人間の尊厳を破壊するまでに侵食していく。

                その負の業の連鎖が恐ろしいまでに描かれている作品である。

                それでも最後は葉室麟らしく未来への希望を感じさせる締めくくりで読後感は悪くない。

                 

                どのような悲しい出来事も乗り越えていかねばならない。風がかおるように生きなければ。


                刑罰 フォルディナント・フォン・シーラッハの新作

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                  JUGEMテーマ:読書

                  体調が思わしくないと音楽を聴く気にも、楽器を演奏する気にもならないのだが、読書だけはしたいと思えるし、苦にならない。

                  私にとって読書は趣味などではない、生活である。

                  今日も一冊の本を読み終えた。

                  「刑罰」(東京創元社)である。作家は日本でもお馴染みのフォルディナント・フォン・シーラッハである。

                  ミステリーであるが、彼の作品にはあのレイモンド・カーヴァーの作品と通底する痛みとか乾いた苦味のようなものが感じられる。

                  この短編集もそうである。

                  正直、決して読後感がいいという作品ではないが、いつまでも心の中に余韻として強く残るものがある。

                  小さなトゲのような痛みを残して・・・

                  法廷において鮮烈な逆転を描いた「逆さ」

                  ラブドールと性的な関係以上の繋がりを描いた男の復讐「リュディア」

                  そして、「友人」の中での主人公の最後の言葉に釘付けとなるのだ。

                   

                  「もしかしたら、罪は犯してはいない」「だけど、罰は受けるしかないんだ。」


                  体調の悪さの中で迎えた2020年 周五郎の作品を読む

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                    JUGEMテーマ:日記・一般

                    2020年初書き込みである。

                    昨年度の年末に自分の自己管理の稚拙さから、体調を崩し今も続いている、

                    スタートとしては最悪である。

                    普通の人にとっては単なる「鼻づまり」が私にとってはおおごとになってしまう。

                    鼻道がとても狭いためである。だから、市販の鼻炎薬は全く役に立たない。

                    病院の診察開始を待つばかりである。

                    体調が悪いので、気分良く1日を過ごすことは不可能なのであるが、楽器練習は短時間ながらしているし、読書熱に再び火がついた状態である。

                    今は山本周五郎コレクションの「家族物語」(講談社文庫)を読んでいる。

                    このコレクションはとても優れており、講談社の編者者の方の気概というものを感じる。

                    アンソロジーなので、収められている作品はどこかで読んだ作品ばかりなのであるが、こうして一つのテーマに沿った形でまとめられると新たな感動も生まれる。

                    「古風な義理人情物」と評されたことに対して、憤りを感じていた周五郎のこれらの作品は、改めて家族とは何か、親子の愛情とは何か、夫婦のつながりとは何かについて考える示唆を与えている。

                    日常的に報じられる家庭内暴力や児童への虐待行為が後を絶たない「異常」な時代だからこそ、周五郎の作品が再び光を放つのだと読みながら痛感した。

                    周五郎の作品を読んで体調が回復する訳ではないが、心は何か温かなものに包まれるのは事実である。


                    西村賢太の最新作「瓦礫の死角」

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                      JUGEMテーマ:読書

                      年の瀬を迎え、体調を崩してしまった。

                      楽器を練習する気にならないので、読書に耽っている。

                      今日は西村賢太の最新刊「瓦礫の死角」(講談社)を一気読みした。

                      収められている4編の内2編は今年の7月号の「群像」に掲載されていかもので、以前、このブログでも紹介したことがある。

                       

                      犯罪被害者が出所した加害者に脅えることはあっても、加害者家族がその罪の張本人の陰に恐れ慄くと云うのは、見ようによってはなんとも滑稽な話である。

                       

                      主人公の北町貫太の父親は許しがたい性犯罪を犯し、挙げ句の果てに警察官にも傷害を働き7年の懲役刑を言い渡された。

                      その父親の出所が迫っている中での、貫太と母親の克子の心の中の怯えが日々大きくなっていく過程の中で、貫太はこう悟る。

                       

                      わけのわからぬ罪なき罰を背負わされ、一生消えぬ引け目をハンディキャップを課せられただけで、もう充分である。解体した瓦礫の中から自分の人生の模索を続けることのみが、彼にとっての目今の重要事である。とてもではないが、これ以上の肉親間のしがらみに足を引っ張られている場合ではなかった。

                       

                      今やわが国において私小説にこだわり、そのスタイルを透徹しているのは西村賢太だけだろう。

                      ほとんど実話かと思わせるような圧倒的なパワーがそこにはある。

                      衝動的に読みたくなる作家である。


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