アリー/スター誕生 映画音楽の歴史に残る大傑作

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    JUGEMテーマ:音楽

    明後日、アカデミー賞のノミネートが発表される。

    作品賞の本命と目されているのが、リメイクとなるアリー/スター誕生である。

    私はまだ見ていないが、予告編だけ見てレディーガガの歌うシーンに鳥肌が立ってしまった。

    そして、サントラ盤を購入した。

    これは歴史に残る、映画音楽の大傑作である。

    繰り返して聴いているのだが、文句のつけようのない名曲ぞろいである。

    「Always Remember Us This Way」「Is That Alright?」

    この2曲には特に心を打たれた。

    久しぶりに味わう音体験である。

    今までは、どちらかと言えば歌唱力よりは奇抜なファッションに注目が集められがちだったレディーガガの歌のうまさに正直驚かされた。

    34曲 1時間10分の音楽の奇跡。全米/全英で第1位に輝いたのも素直に頷ける。

    何度も何度も繰り返して聴いていても飽きるという事がない。

    圧巻である。


    ノーエスケイプ 自由への国境

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      久々に映画の話である。

      I PHONEで「ノーエスケイプ 自由への国境」を見た。

      メキシコとアメリカの国境で、不法入国を巡って何が起きているのか?

      しかし、そんな政治色とは無縁のひたすら謎のサイコパス的な襲撃者から逃れ、アメリカをめざすという筋立ててある。

      物語としての展開すらない。

       

      一番の主役は何と言っても「砂漠」である。スペイン語の原題はズバリ「砂漠」である。

      最後の場面。あのハイウエイの光は本物なのか?

      それは希望なのか。絶望なのか。判然としなかった。

      個人的には、あの名作「目には目を」を思い出した。

      生き残った主人公が最後に目の当たりにしたシリアの荒涼とした砂漠のシーンである。

      それと似たエンディングであり、その作品に影響を受けているのではないかと勘繰ってしまった。

       

      88分間の緊迫感というキャッチコピーは嘘ではないが、命を賭けてまでアメリカにという人間的なドラマが語られていないために、逃亡する主人公たちへの感情移入や共感までには至らない。

      自由への国境という邦題が薄く感じられたのはそのせいであろう。


      映画 南極料理人

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        正月に見た番組の中で一番心にフックしたのは東京MXで放映された映画「南極料理人」である。

        南極大陸の昭和基地よりもさらに1000キロメートル奥にある標高3810メートルのドームふじ基地が舞台である。

        平均気温マイナス54度。アザラシもペンギンもおらず、ウィルスすら生きていかれないという極地である。

        8人の単身赴任者の物語なのであるが、小難しさや崇高な人間ドラマとは無縁の、ひたすら黙々と食事をするシーンが連続の作品である。

        何気ないシーンに思わず吹き出してしまうことがたびたびであった。

        一番笑ったのは前の隊員が残していった伊勢海老をどう調理するかでもめるシーンである。

        もめるといっても調理担当の堺雅人演じる西村以外の隊員は「海老フライ」を主張するのであるが、巨大な海老フライが皿に盛られ、それにかぶりついた生瀬勝久演じる本さんが放った言葉「遠近感がなくなる」「やっぱ刺身だな」に爆笑してしまった。

        人間どんな場所で生きようとも、根源的に食欲は旺盛であり、食を楽しむ力をもっていることを痛感した。

        ほんとに肩の凝らない、あっという間の2時間である。

        おいしいとひたすら黙々と食べるのだ。特に男は。

        食レポで「まいうー」などと連呼する食事なんてほんとはおいしくなんかないのだということが伝わってくる。

        見終わった後、シンプルにおにぎりが食べたいと思う映画である。

        それは幸せなことである。

        私自身の大好きな作品がひとつ増えた。

         


        水俣一揆 人間の尊厳を賭けた命の闘い

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          JUGEMテーマ:日記・一般

           

          先日、朝日新聞に「水俣病 悲しみ癒えぬ」の記事が載っていた。

          水俣病患者公式確認から60年が過ぎた。

          「公害の原点」である水俣病を語る人々の高齢化が進み、原爆地 広島同様、今後どう語り継いでいくかを真剣に考えていかねばならない時代になってきた。

           

          昨日、記録映画の金字塔ともいえる水俣一揆〜一生を問う人々〜を繰り返して見た。

          加害者と被害者が机ひとつを隔てて、一日13時間にも及ぶ交渉を数日間にわたって撮り続けた壮絶な記録である。

          「あなたは人間ですか」「私の償いをしてください」「死ぬために東京に来たわけではない。生きるために来た。」

          ひとつひとつの患者さんがチッソの社長に発する言葉が心に突き刺さる。魂を揺さぶる。

          何度も何度も、こらえてもこらえても涙が止まらなかった。

           

          中心的な役割を果たした川本輝夫が叫ぶ。「それがヒューマニズムか。人道か」

          正義とは。人間が生きるとは。1時間50分の間、ずっと考えさせられ続ける命題である。

          人間の尊厳をかけた命の闘いから、私たちはこれからも目を背けてはいけないということを教えてくれる。

          未来を創造することは、過去から学ぶということである。


          事件の真相 先生を流産させる会

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            今朝、紹介した「先生を流産させる会」の事実が知りたくて、インターネットで検索をかけていたら、当然、そのころのニュースとしては衝撃度が強かったらしく詳細にブログに記しているものもあった。

            その中で、会の主催は本当は女子ではなく、男子11名で、実行犯が5名。

            事件の中学校は愛知県半田市立の中学校。

            動機が部活動の態度の叱責、発達障害や不登校気味の児童への席替えなどへの配慮に対する嫌がらせということが分かった。

            私は、映画のモチーフとなる性への嫌悪ではなく、稚拙な自分たちへの注意への反抗やクラス内の発達障害などの児童への理解のなさのほうが気になった。

            つまり、あまりに幼稚であるということである。

            映画化にあたって伝えたいものをより鮮明にあぶりだす方法として、デフォルメするということは理解できる。
            しかし、その稚拙さが体内の生に対する怒りにまで短絡的に結びつく怖さを示してほしかった。

            女子生徒とか男子生徒とかという問題ではなく、あまりに幼稚な動機に焦点をあててほしかった。

            コラムニストの勝谷氏はネーミングの問題はあるとしても、こういうこと、つまり担任に不満をもっていたずらをしたいということはままあると考えるほうが常識的であり、ことさら問題視し、おおげさに扱うほうがおかしいと述べている。

            確かにそういう見方もできる。

            しかし、気になるのがならなぜ「うざい」「死ね」ではなく、わざわざ先生を流産させる会なのかである。

            子どもたちの心の本質に迫ることはできないが、やはりそこには性への憧憬がねじれた形で嫌悪感として表出しているのではないかと思う。
            そういう意味では内藤監督の手法は的を射ているのであろう。

            映画 「先生を流産させる会」

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              2009年に愛知県で実際に起きた事件を元にした「先生を流産させる会」が、東京・渋谷のユーロスペースで公開されている。

              脚本・監督はこれが長編第1作の内藤瑛亮。妊娠中の教師に反発する生徒が同名の会を結成、教師の給食に異物を混ぜたり、椅子のネジがはずれるように細工したりした事件だ。

              「驚いたのは会の名前です。悪意が尋常じゃない。『先生を殺す会』と名付けるよりはるかにまがまがしい」と内藤監督。内外の映画祭で注目された「牛乳王子」や最新作「お兄ちゃんに近づくな、ブスども!」などの短編でも、いじめや差別などの過激な設定で見る者の心をかき乱してきた。

              「物語は常に逆説的であるべきだ」と言う。「『先生を流産させる会』に、なぜ僕はこんなに不快感を抱くのか。そこを描くことで僕たちが何を否定されたくないのか、さらには何を大切にしたいのかといったことが逆に照らし出されると思いました」

              性への嫌悪から、妊娠した教師に嫌がらせをする5人の女子生徒が一応の主人公だ。しかし、被害を受けた教師を始め、生徒の親や学校、つまり周囲の大人たちがどう対処するのかについても、詳しく繊細に描写している。

              「事件が報じられた時、ネットでは『死刑にすればいい』といった声が目立ちました。悪いことをした人間に厳罰を与えよ、と主張する人の多くは、自分が彼らの親や先生だったらどうするのかという想像力がなく、正義や善意を盾に批判だけしている。問題を起こした生徒への大人たちの対応を描きたかった。(朝日新聞)

              内藤監督自身が語っているように、「先生を流産させる」という明確な意図をもった女子生徒の発想に恐ろしさや曲々しさをやはり感じる。
              実話がベースということを知り、少なからずショックを受けた。

              映画の核であるこの会の発足が性への嫌悪ということであるが、一方では女子高生などはJKという略称で出会い系サイトでよばれ、本当に安価なお小遣い程度で、売春行為を行っているというのも事実である。

              死刑にすればいいというネットの反応は実に短絡的である。

              そういう人間は社会の片側しか見ていない。
              性は尊いものであるのに、主人公の女子生徒のように、いつのころから蔑みのあるいはお金の代償といういやしいものとして受け止められるものに転じてしまったのはなぜだ。そういうものに変質させてしまったのはネットで死刑だと簡単にいう大人ではないのか。

              物語は常に逆説的であるべきだという言葉は真理をついている。

              しかし、個人的にはこの映画は見たくはない。

               

              アカデミー賞に対して思うこと

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                JUGEMテーマ:ニュース
                昨日、アカデミー賞が発表された。
                フランスの無声映画「アーティスト」が作品賞を受賞した。
                アカデミー賞にはほとんど関心がないので、どの作品が受賞しようが、別に影響はない。
                ただ、アカデミー会員の平均年齢が62歳というのが気になった。
                新鮮な感性で映画を評価できるのだろうかという点である。
                今回も古き映画への郷愁が受賞のポイントらしい。

                そんな観点で決定されたら、どうしようもない。
                それを最大評価しているのが産經新聞である。新聞の顔ともいえるコラム「産経抄」である。
                しかも、冒頭に日露戦争時の無声映画を引き合いに出して、涙したとまで書いているのだから、産経の右翼的な思想がよくあらわれている。
                 
                映画に話をもどす。主演男優賞は戦前ではジュージクルーニーかブラッドピットかという話題で持ちきりだった。自分は両者ともに受賞は無理だと思っていた。
                それはアカデミー会員受けしない役者であるからだ。イケメンだからだ。
                それは極論にしても、会員に喜ばれるタイプではない。ブラピなどは大根役者のイメージが離れないのではないか。
                映画に芸術性とか高尚なことを持ち出すとろくなことはない。あくまでも娯楽である。楽しめればいいのだ。

                この後、日本アカデミー賞も発表されるが、全くもって価値はない。
                大体、ドラマにしても映画にしてもほとんどがベストセラー本を下敷きにしたものであり、オリジナリティーのかけらもない。
                昨年の作品賞の「悪人」もそうである。
                重松清の原作の映画化された作品も多数あるがみな酷い出来である。
                脚本家が育っていない証拠であり、育ててもいないということである。

                ボロクソ言っているアカデミー賞であるが、外国語映画賞を受賞したイランの作品には期待している。イラン映画には日本人の琴線に触れる名画が多い。

                ブログタイトルの変更 SLING BLADE

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                  JUGEMテーマ:日記・一般

                  ブログのタイトルを変更した。
                  「SLING BLADE」。
                  これは、映画のタイトルである。

                  1997年のアカデミー脚色賞受賞作である。

                  粗筋を書くつもりは毛頭ない。

                  誰にでも譲れない映画というものがあるだろう。
                  一般的な知名度や評論家の採点に関わらず・・・

                  自分にとってSLING BLADEはそういった映画である。

                  監督でもあり主演男優をつとめたビリー・ボブ・ソーントンの演技は圧倒的である。

                  心に突き刺さる 刃。

                  公開時のキャッチコピーは秀逸である。


                  自分もこのブログに立ち寄る方々の心に突き刺さるような内容を記していきたい。
                   

                  「ツレがウツになりまして」映画化

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                    JUGEMテーマ:日記・一般

                    昨年だったと思うが、NHKのテレビドラマで放送されたコミックエッセイのはしりともいわれ、ベストセラーにもなった「ツレがウツになりまして」が来週から映画で上映される。

                    テレビではネプチューンの原田泰造がうつ病のサラリーマン役を好演していた。
                    映画では堺雅人と宮崎あおいが夫婦役を務める。

                    実は自分もうつ病である。

                    心を許している知人には自分からそう話すことにしている。
                    職場でも別に隠しだててはしていない。
                    以前、自分からそう告げたときに「勇気がありますね」と言われ、逆に「えっ!」と困ってしまった経験がある。

                    それだけ、ストレス社会と言われる一方で、まだまだ「うつ病」に対しての世の中の誤解や偏見が根強くあるということであろう。

                    今でも、心療内科に通ってカウンセリングを受けているが、心療内科の混み具合は尋常ではない。
                    今日受診したいからといって、病院を訪れても予約は最低でも一ヶ月後である。
                    自分の場合は、他の病院からの紹介状があったことと、その紹介状を書いてくれた先生と、現在の主治医が顔見知りであったことが幸いして2日後に受診することができたが、それはレアなケースである。

                    それだけ、心を痛め、心が疲れている人が多いということである。

                    原因はさまざまであるが、一つだけ言えるのはこの病気に罹る人間にいい加減な仕事をしたり、ずぼらな性格の人はいないということである。自分に厳しく、相手にも厳しく、仕事に一生懸命に取り組むタイプがなるのだと主治医から初めてのカウンセリングの際に言われた時は、ある意味救われる思いがした。

                    ネット上でうつ病の方がブログを書いているものも読んだことがあるが、稀に、休んでいる間に、うつ病患者同士でオフ会を開催しているなどの記事を読んだ時、何かが違うと感じた。

                    自分は休職期間の10か月、復帰することだけを考え、悶々と日々を過ごしていた。
                    大好きな読書も敬遠していた。

                    これがキーワードなのだが、男性の場合、新聞。女性の場合は化粧である。
                    このことを避けるようになったらうつ病の発症率は極めて高いということになるのだ。

                    いま、こうして職場復帰し、まめにブログが更新できているとうことは精神状態が安定している証拠でもあるのだ。そのことを素直にうれしく思う。
                     

                    恋のためらい  フランキー&ジョニー

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                      映画は好きです。特に洋画は・・・しかし、恋愛映画はあまり見ません。
                      そんな私にも好きな恋愛映画があります。
                      「恋のためらい」主演はアル・パチーノとミッシェル・ファイファー。
                      1991年のアメリカ映画です。
                      監督は「プリティーウーマン」のゲーリー・マーシャル。

                      かつての恋人からうけた暴力で心に深い傷を負い、恋愛に臆病になってしまったミッシェル演じるところのフランキー。
                      刑務所から出所したばかりで、自分の子どもにも逢うことができず悩むパチーノ演じるところのジョニー。

                      「君の不幸を防ぐことはぼくにはできない。けれど、いつでもそばにいてあげる。」

                      最後には小粋な演出も用意されていて、お薦めです。
                       

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