スポットライト(BOOK SIDE STORY2018)

本や音楽を思いのままに紹介する。
それでも言葉にこだわり、思いを伝えたい・・・
そして思いの中に魂を込める。
虚飾を排し、嘘を捨て去る。

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2018.12.30 Sunday

表面温度0℃、湿度0%の輪郭の欠落した切実感のない世界で

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    JUGEMテーマ:音楽

    一昨日は「退職の日」だった。

    花束ひとつない自分らしい最後の日だった。

    「お疲れ様。新しい旅立ちにために」という妻の言葉だけが心に残っている。

     

    2018年も明日で終わる。

    確実に言えるのは何かが終わり、そして、何かが始まるための年であったんだと思う。

     

    最近は全くクラシック音楽を聴いていない。

    ベートーヴェンではなく竹原ピストルの直截的な言葉を希求している。

     

    人の悪口を言って楽しんだり、人の悪口を言っている人の悪口を言って楽しんだり。

    表面温度0℃、湿度0%、ただひたすらな記号の連続、応酬、雨あられ。

    世界のどこの誰とでも繋がっているようで、世界のどこの誰とも繋がっていない。

    収縮するも無限、膨張するも無限、輪郭が欠落した空間。

    良し悪しではないけれど、

    そこへ行くとヒロ、お前は拒食過食で時には極端に縮んだり、時には極端に膨張しながらも

    「ここしか居場所がないんです。」なんてクソみたいなセリフを真顔で垂れ流しながらも、

    「ライブハウス」というこの世で最も窮屈な空間の中で、ありとあらゆる輪郭にがんじがらめにされながらも、

    しかし、正真正銘の意味合いにおいて、

    世界のどこの誰とでも繋がって行こうとしてたのかも知れねーよな。

     

    剥き出しの言葉が容赦なく心の中に突き刺さってくる。

    それは決して不快ではない。

     

    鬱病という精神疾患を再発してから、周りを見て感じた事実の中に、元気だった頃には調子よくすり寄ってきた人間が手のひらを返したかのように遠ざかって行くということがある。

    それをそいつらは「被害妄想」という言葉できっと片付けるのだろう。そして、面倒臭い人間として切り捨てるのだ。

    そこには、生身の人間と人間とが繋がろうという切実さというものが欠落している。

     

    先日、テレビで平成30年間に起きた衝撃映像を流していた。

    その中で、秋葉原の無差別刺傷事件を引き起こした加藤被告の生い立ちから事件当日までの再現ドラマが流されていた。

    借金を菓子折りをつけて頭を下げて青森から東京まで返しにいった姿がそこにはあった。

    そういう生真面目な一面を持つ人間が、ショートした電源のように火花を散らしながら暴発する。

    その要因として、女性の存在がある。幼稚なほどに、携帯電話の向こう側の人間とのやりとりを全てと信じ、裏切られたと錯覚する。

    彼は、そんな薄っぺらな繋がりに全人生をかけたが、向こう側の女性にとっては発信する言葉は単なる時間潰しの記号にしか過ぎなかった。

    その欠落を、人を無差別に死傷することで埋めようとする。加藤が求めていたのは、生身の人間の熱を持った鮮血だ。

    取り返しのつかない行為でしか、生身の人間の体感温度を感じることができないまでに人間を信じられなくなった。

    彼の行為を正当化する気持ちはさらさらない。

    しかし、殊更に自分を卑下し、「ブサイク」「ゴミ」という言い方で自分を表現していた彼が、携帯の向こう側に求めていた人間との繋がりは切実であったのは事実であろう。

     

    死刑判決は妥当であると思う。判決の主文でも「身勝手で残忍」という表現が使われる。

    そのことを否定はしないが、彼の心を暴発させたものとは何かを考えてみることも大切である。

     

    自分には幸いなことに、病気を発症したことに対して理解をしてくれる人間が周囲にいたので暴発はしなかったが、決して他人事ではないと再現ドラマを見ながら感じた。人間誰しも切実な思いが断ち切られた時の絶望感がどう反転するかなど分からないのだ。

    だからこそ、私はこの病気になって、人の切実な思いに寄り添いたいと強く思うようになった。


    2018.12.21 Friday

    「3本腕の持ち主」デイブ・マッケンナのピアノソロ

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      JUGEMテーマ:音楽

      午前中、FM放送を聞いていたら、ジャズが話題に上がっていた。

      ジャズの醍醐味はアドリブの応酬にあるが、それはお互いに力量を競い合うという要素よりも、楽器を通してのコミュニケーションであり、人種を超えた普遍的なものであるという話であった。

      確かにジャズの名盤といわれるものはそうだなあと深く感じいってしまった。

      ギターの神様 ウェス・モンゴメリーの「フルハウス」などその顕著な例であろう。

      そして、何だか無性にジャズが聴きたくなった。

      そこで聴き始めたのがデイブ・マッケンナのピアノソロである。

      サックス奏者ズート・シムズの名盤中の名盤である「ダウンホーム」で軽快なピアノを演奏していた人物である。

      しかし、ウィキペディアなどで調べてみても来歴などほとんど記されていない。

      だが、活躍していた頃は「3本腕の持ち主」といわれるほどの腕前だったのである。

      まず、音色が明るいのがいい。

      そして、実に小粋なほどのスイング感が堪らない魅力である。

      今日、聴いたのは「デイブ フィンガーズ マッケンナ」であるが、知らず知らず体がウキウキしてくる佳作である。

      今宵は久しぶりに「ダウンホーム」を聴いてみようかなと思っている。


      2018.12.15 Saturday

      Write a Song For Everyone

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        JUGEMテーマ:音楽

        「Write a Song For Everyone」

        こんな素敵なアルバムが出ていたとは知らなかった。

        ジョン・フォガティの2013年発売のアルバムである。

        ジョン・フォガティといえば、1970年代初頭一斉を風靡したアメリカンロックのバンドCCRのリーダーでありフロントマンである。

        魅力は単純明快なダウン トゥ アースなロックンロールが売り物であり、シングルヒットを連発した。

        ビルボードで2位に5回なりながら1位は一曲もないという珍記録も残している。

        冒頭に紹介したアルバムは、過去の名曲の単なるセルフカバーではない。

        新曲も2曲含まれているし、フーファイターズやボブ・シーガーなどとの共演も含まれており素晴らしい内容になっている。

        聴きどころは多いが、1番のお気に入りはやはりボブ・シーガーと歌う「Who'll stop the rain」に尽きる。

        シングルカットされた「トラベリンバンド」という曲のB面であった曲だが、こちらの方がむしろ有名かも知れない。

        ここで歌われるrainとは名曲「雨を見たかい」と同様、ベトナム戦争で使われたアメリカ軍のナパーム弾のことを指している。

        いわば、反戦歌でもある。また、メロディもいい。

        ジャケットに映るジョンの顔には老いてなお堂々とした風格が感じられる。

        しかし、彼の作る曲には名曲が多いことを改めて再認識した。

        今は、このアルバムを繰り返し聴くことが1日の習慣になっている。

         


        2018.11.29 Thursday

        Caroline

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          JUGEMテーマ:音楽

           

          今日、オランダのロックバンド、ゴットハードの新譜「De Frosted2」が配信された。

          今まで発表してきた楽曲のアコースティックライブ盤である。

          10年以上前に発表された1も素晴らしい内容であったので期待は高まる。

          今日、配信されたのは日本独自のJapan Editionである。

          その中に新曲の「Bye Bye Caroline」も含まれている。

          この曲は、あのイギリスの国民的バンドともいわれるハード・ブギの雄「ステータス・クォー」の1972年発売の名盤「Hello」の中の名曲「Caroline」の返歌であり、この話題だけでも十分に楽しめる。

          そして、いろいろ探していたら、ステータス・クォーの2014年発売の「Aquostic」を見つけた。

          過去の名曲を選りすぐり、22曲をアコースティックで演奏しているのである。

          これが、感動するくらいいいのだ。

          逆に、本来の曲の旨味が素のままに伝わってくる。勿論「Caroline」も含まれている。

          思いがけずにこういう佳品に出会えて、素直に喜びを感じている。

          両バンドの「Caroline」を今日は思う存分楽しみたい。


          2018.11.28 Wednesday

          ベートーヴェン交響曲第2番

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            JUGEMテーマ:音楽

             

            今、FM放送などから流れてくる音楽で聴きたいという欲求を満たしてくれる音楽は皆無なので、必然的に70年代後半から80年代にかけてのロックまたはクラシックを聴くことになる。

            昨日、今日とベートーヴェンの交響曲に耳を傾けていた。

            その中でも、あまり知られていない交響曲第2番ついて記す。

            この曲が作られたころのベートーヴェンの体調は最悪であり、難聴が最も進行していた時期である。

            同年には「ハイリゲンシュタットの遺書」も書かれた。

            しかし、この交響曲はニ長調ということもあるが、そういったことを感じさせる翳りのようなものはない。

            交響曲の形式を確立したハイドンの枠の中にあるといえばそうだが、1番よりは相当進歩している。

            ベートーヴェンらしい動機の繰り返しなどが見られ、スケルツォの名称を初めてつけた第3楽章など聴きどころは多い。

            後の交響曲第3番「英雄」や第5番「運命」という交響曲史上の最高峰に位置する作品があるために、目立たちはしないが素晴らしい作品であることに違いはない。

            やはりベートーヴェンは不滅である。


            2018.11.09 Friday

            70年代隠れ名盤 Ooh LaLa

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              JUGEMテーマ:音楽

               

              つくづく最近思うことがある。

              70歳を超えたポールマッカートニーの来日に沸き、今日はビートルズの「ホワイトアルバム」の未テイクやセッション、デモなどをわんさか収録したアルバムが発売されるに至り、果たしてロックというジャンルにおいての本当の意味での音楽の革新性は進んでいるのかということである。むしろ止まったままなのっではないかという気がする。

              その終焉はパンクを経てのテクノあたりか。

              70年代や80年台のロックをはじめとするPOPSが現在CMで多用されていることもそれを裏付けている。

              現在、流行している音楽をFMでつまみ聞きをしていても、いつかどこかで聞いたようなメロディやリズムであることがしばしばだ。

              我が国のPOPSにおいては作家の村上龍も指摘しているごとく、ほとんど死に絶えている。

              聴くべき音楽はない。みな似たりよったりの烏合の衆である。

              だから、必然と聴く音楽は限定されてくる。

              クラシックまたは70年代のロックである。

              今日はたまたまロン・ウッド&ロッド・スチュワートが在籍していた英国のフェイセズの4作目「Ooh LaLa」を聴いていた。

              確かその当時英国でNO.1に輝いた隠れ名盤である。

              緩やかな縦ノリのリズムに乗せて、キーボードがアクセントをつけるというスタイルである。

              ロンのギターも出しゃばりすぎず、ロッドの歌声をうまく引き出している。

              聴いていて心地よいロックである。特に好きなのは7曲目のIF I'm On the late sideである。

              3分足らずの佳曲である。心に染みる・・・


              2018.11.03 Saturday

              トム・ペティの歌が聴きたくなった・・・

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                JUGEMテーマ:日記・一般

                 

                ふいに、トム・ペティの歌が聴きたくなった。

                そして、いま聴いている。

                アルバム「サザン・アクセンツ」に収録されていたREBELSだ。

                 

                おれは叛逆者として生まれた。

                ある日曜の朝に

                ディキシーの片隅で。

                ああ

                片足を墓穴に突っ込んで

                片足をペダルの上において

                おれは叛逆者として生まれたんだ。

                 

                純粋なアメリカのロックが聴きたくなったらトム・ペティ&ハートブレイカーズかGFRがおすすめだ。

                トム・ペティの歌声はうまいとは言い難いし、線も細い。

                だが、ニール・ヤングと同様に何とも言えぬ温かさを感じるのだ。

                 

                ハニー行かないでくれ。

                おれはめちゃめちゃ酔っぱらってるから

                追いつけない。

                なあ、明日にはそんな気持ちにはさせないからよ。

                ええと、おれは多分ちょっと粗削りにできでいるんだ。

                心の中にちょっとだけ、穴があいてるって言うか・・・


                2018.10.31 Wednesday

                酒暦

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                  今日で10月も終わりである。

                  歳月の過ぎる速さを身に染みて感じている。

                  心境の変化について、先日記したばかりであるが、まさかi tunesで演歌をダウンロードするとは思ってもいなかった。

                  何気なく聴いていたFM放送で、流れてきたメロデイについ引き込まれてしまった。

                  香西かおりの「酒暦」である。

                   

                  しあわせに杯を

                  悲しみにぐい吞みを

                  泣いて笑って 酒暦

                   

                  べたすぎるほど歌詞。何の変哲もないド演歌である。

                  ただ無性に心に染みるのである。

                  繰り返して聴いていても不思議と飽きない。いまもバックに流れ続けている。

                   

                  鬱病を発症して、好きだった酒も3週間近く口にしていない。

                  いつになれば笑って杯を手にすることができるのかも今の状態では分からない。

                  ただ、そんな日が再び来ることを待つだけである。

                   


                  2018.10.26 Friday

                  ハイドンの交響曲に還る

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                    JUGEMテーマ:音楽

                     

                    9年ぶりの鬱病の発症である。

                    鬱病の最たる特徴として、今まで好きだったものへの興味の減退というのがある。

                    自分でいえば、好きだった音楽を聴くのも苦痛というか遠ざけてしまうのである。

                    この二週間、寝るときには必ず聴いていたクラシック音楽を遠ざけていた。

                    ただ処方してもらった薬の効果もあり、少しずつ聴こうという気持ちを取り戻しつつある。

                    そんな中で、何を聴こうか迷っていたのであるが、今日、久々に聴いて心が落ち着いたのはハイドンの交響曲である。

                    それも有名なものではなく、タイトルはついてはいるものの、どちらかといえばマイナーな69番の「ラウドン」と73番の「狩り」である。

                    ラウドンとは七年戦争でオーストリアを優勢に導いた将軍の名前である。

                     

                    思えば、9年前もやはりハイドンをよく聴いていたことを思い出した。

                    今年、クラシックコンサートにしばしば足を運ぶようになったのだが、演目にハイドンの交響曲が選ばれることは極めて少ない。

                    今日、聴いている69番や73番はほとんど演奏機会がないのが実情である。

                    だが、本当に心にしっくり馴染む音楽である。

                    以前、ハイドンの交響曲は心の処方箋ということをこのブログ上で記したことがあるが、まさにその通りである。

                    自分が死ぬ際にお棺の中にいれてもらいたいものの一つにハイドンの交響曲全集がある。

                    かけがえのない宝物である。

                     

                     


                    2018.10.07 Sunday

                    硬派弦楽アンサンブル「石田組」 圧巻のパフォーマンス

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                      JUGEMテーマ:音楽

                       

                      このブログは大げさに言えば、自分が何に心を揺さぶられたのかを書き記していく備忘録のようなものだ。

                      昨日、今年9回目となるクラシックコンサートを聴きにみなとみないホールに行った。

                      横浜みなとみらいホール開館20周年記念となる 硬派弦楽アンサンブル「石田組」の2年ぶりとなるコンサートであった。

                      神奈川フィルのコンサートマスターを務める石田泰尚を中心とする男だけのアンサンブルである。

                      強面の石田のヴァイオリンの音色は実に繊細である。しかし、骨太でもある。

                      その他の弦楽器との掛け合いは緊張感の中にも瑞々しさをたたえている。

                      エルガーの「弦楽セレナード」にはじまり、ブリテンの「シンプルシンフォニー」と絵画的な音が心に溶け込んでくる演奏にまず心奪われた。

                      休憩をはさんでの後半は、ロックの大御所レインボー、ディープ・パープルの名曲である「スターゲイザー」「スピードキング」をまさにテクニカルに演奏する、リッチー・ブラックモア顔負けの演奏である。自然と、体がスイングしていくのである。

                      そして、最後はピアソラの「革命家」。踊るためではなく聴くためのタンゴをと作曲したピアソラの情念がほとばしるこの曲も、スリリングに奏されて、一瞬もだれることのない素晴らしいコンサートであった。

                      そして、実に三度に及ぶアンコール。

                      中でも出色だったのが「津軽海峡雪景色」。

                      演歌の代表曲も彼らの手にかかれば、見事な色合いを帯びた格調高い曲に生まれ変わる。

                      間奏に海猫の鳴き声をヴァイオリンで表現した石田。

                      曲によって服装を変えたりするなど、聞き手の心をくすぐるパフォーマーとしての力量にも圧倒された。

                      9回のコンサートの中では、個人的には一番楽しめた内容であった。

                      心行くまで音楽を堪能した2時間20分であった。


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