スポットライト(BOOK SIDE STORY2018)

本や音楽を思いのままに紹介する。
それでも言葉にこだわり、思いを伝えたい・・・
そして思いの中に魂を込める。
虚飾を排し、嘘を捨て去る。

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2018.12.10 Monday

「人生の扉」

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    前回のブログのつづきである。

    今、繰り返して竹内まりやの「人生の扉」を聴いている。

    何度も何度も聞いているうちに、背中にぞわぞわという感動の震えが起きた。

    久しぶりの経験である。

     

    満開の桜や色づく山の紅葉を

    この先一体何度 見ることになるだろう

    ひとつひとつ人生の扉を開けては 感じるその重さ

    ひとりひとり 愛する人たちのために生きてゆきたいよ

     

    君のデニムの青が褪せていくほど味わい増すように

    長い旅路の果てに輝く何かが誰にでもあるさ

     

    I say it's sad to get weak

    You say it's to get older

    And they say that life has no meaning

    But I still believe it's worth living

    But I still believe it's worth living


    2018.12.10 Monday

    平成最後の暮に思う・・・

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      JUGEMテーマ:日記・一般

      「平成最後の暮なんだなあ。」と思いながら部屋を片付けていた。

      大掃除には少し早いが、気分をスッキリさせたいという思いもあり「断捨離」を決行した。

      天袋の奥にしまっていた中古のノートパソコン2台、プリンター1台など業者委託という形で処分することにした。

      その後、FM放送を何気なく聞いていたら平成30年間の思い出の曲のリクエスト特集をやっていた。

      その中の1曲である竹内まりやの「人生の扉」を聴きながら自分にとって平成とはどんな時代であったかをふと考えてみた。

      まず平成元年に妻に出会い、翌年結婚した。そして次の年に長男が産まれた。そして次の年にマンションを購入した。

      ここまで書いてみると、平成時代のスタートそのものが人生にとっての大きな節目であったことが分かる。

      一方で、体調を崩して倒れたり、裁判問題など辛いこともあった。

      その中で阪神淡路大震災や東日本大震災が起きた。

      不思議なことに大災害が起きた年に自分は体調を崩して、休職をしている。

      喜怒哀楽こそ人生であるが、こうして今日も生きて、本を読んだり、音楽を聴いたり、ブログを書いたりしていることは幸せなことなんだと素直に思えるようになった。

      特にいま、鬱病を発症して休職中であり、今月いっぱいで退職することが決まっている身として、人生に悔いはないかと問われれば、正直後悔はあると答えるしかないのだが、それでいいのではないかと思うのだ。

      今の現実をありのままに受け入れて、生きていくしかないのだから。

      何か特別な欲求などない。繰り返しになるが、当たり前の毎日を大切に家族と生きていくことの有り難さ、貴さ。

      それを噛み締める年齢になった。

       


      2018.12.09 Sunday

      2018−19シーズンプレミアリーグ リバプール無敗の滑り出し

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        JUGEMテーマ:ニュース

        JUGEMテーマ:スポーツ

        我が国では今日、サッカーの天皇杯があったが、私は気づかずにイングランド プレミアリーグを見ていた。

        1番の贔屓チーム リバプール対ボーンマスに試合であった。

        今季、リバプールは開幕から好調で無敗を維持し、戦前までは2位につけていた。

        しかし、それ以上の滑り出しを果たしたのが知将 グラディオラ率いるマンチェスターCで1試合平均3点を挙げており首位を走っている。リバプールにしては負けられない一戦であった。

        プレミアリーグになってからは一度も戴冠していないリバプールにとって昨年のチャンピオンズリーグでの準優勝は素晴らしいものがあった。

        クロップ体制になってから、ある程度の失点はあっても攻撃力でカバーするというプレイスタイルは見ていてワクワクするものがあったし、今季加入した守護神ブラジルGKアリソンの堅守により16試合中10試合が失点ゼロという素晴らしい戦績であり、無敗をキープしている。

        この日は、エジプトの代表FWサラーのハットトリックもあり4対0の完勝であった。

        日本のJリーグとの試合との大きな違いはパス交換のスピード、トラップなど色々あるが、解説のFC東京のサイドバック太田選手も語っていたが、やはり球際でのボールの奪い合いの厳しさに尽きると思う。

        1対1の駆け引きを最近ではデュエルなどという言い方をするが、その厳しさこそ「これぞプレミアリーグ」なのだと思う。

        点差だけ見れば、大味な内容に受け取られがちだが、そんなことはなくボーンマスのさすが7位のチームらしく特に前半はとても良い動きをしていた。両チームとも攻守の切り替えが早いので、見ていてもダレることのない緊張感が伝わってくる試合であった。

        ライバルのマンチェスターCがチェルシーに2対0で負けたので、今日の時点でリバプールが首位に立った。

        今週の半ばにはチャンピオンズリーグの試合ナポリ戦が控えている。先日、PSGに負けてしまったので是非とも勝利を手にして2位以内を目指して欲しい。


        2018.12.08 Saturday

        明治の中学地理の教科書 九州の輪郭は?

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          JUGEMテーマ:読書

          おもしろい本を見つけた。「100年前のビックリ教科書」(じっぴコンパクト新書)である。

          明治の初めから太平洋戦争当時の教科書36冊を選び、図解付きで紹介している。

          何と言っても「おもしろい」と感じるのは明治期の教科書である。

          開国を果たし、西洋になんとか追いつきたいという思いが「学制」や「教育令制定」につながり、その必然として教科書が編まれていくわけであるが、子どもに知識を身につけさせたいという思いが工夫を通り越して何やら滑稽さを帯びたものになっているなど読んでいて飽きない内容となっている。

          特に、明治35年=1902年に発行された中学地理教科書 日本之部の内容、「邦土の輪郭」はまるでクイズである。

          本州は龍の如く、四国は蝙蝠の如く、北海道は鳥の翼の如くまではまあ許せる。

          ところが九州の例えのところで笑ってしまった。

          今の子供達にこの問題を出してこの比喩を言い当てられる者はいないであろう。大人でも無理だと思う。

          答えは「九州は猿が舞うが如し」である。どう見立てたら猿になるのだろうか。編纂した人に尋ねてみたい。

          しかも、邦土の中に台湾が含まれていることも驚きである。

          ちなみに台湾は桜の葉の如しである。

          また、新潟県と和歌山県だけが地方の中に含まれず単独で扱われているなど謎がいっぱいである。

          教科書は時代を映す鏡だと筆者が言っているが、今後どのように変わっていくのか楽しみでもある。

          タブレットの中にデジタル教科書として全教科収められているなんていう時代が来るのではないだろうか。

           


          2018.12.07 Friday

          司馬作品の英訳から見えてくるもの

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            JUGEMテーマ:日記・一般

            村上春樹の登場でアメリカにおいての日本文学の受容は一変したとアメリカで村上作品の展開を支えた編集者のE・ルーク氏は語る。

            また、翻訳者のJ・カーペンター氏は司馬遼太郎氏の英訳本がないことを嘆く日本の読者の要望に応えるために、手始めとして「坂の上の雲」を訳し、現在は「龍馬はゆく」に取り掛かっているということだ。

            これは「国際文芸フェスティバルTOKYO」の取組の中でのトークイベントでの話題である。

            「坂の上の雲」はさぞ訳すのに苦労したのではないかと思うのだが、どうなのだろう。

            カーペンター氏はこう語る。

            司馬作品の中に「余談だが」という作家の語りが多く出てくることに驚きを感じると。これはエッセーなのか?

            まあそれが司馬作品の特徴の一つであるのだが、アメリカではまずないらしい。

            また、方言にしてもその良さを生かしたいという思いから、そのまま英語に当てはめ、続けて英語の意味を載せるなど工夫しているということである。

            なるほど、日本の時代小説で坂本竜馬や西郷隆盛の言葉を標準語で表現すると魅力が半減するのと同じ理屈であろう。

            また、日本の作品には「悲しい」「寂しい」という言葉が多用されているという指摘もあった。

            それを繰り返して「sad」「lonely」と全て入れると重い感じになってしまうので適度に裁量を加えているということにも日本とアメリカ圏との文化の違いを見た気がした。

             


            2018.12.07 Friday

            2018年今年の一皿「鯖」に決定!

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              JUGEMテーマ:日記・一般

              朝日新聞の第5面で面白い記事を見つけた。

              今年の世相を最も反映する「食」の一品を選ぶ、名付けて「2018年 今年の一皿」に「鯖」が決まったというのだ。

              素材やデザインにこだわった多彩な缶詰が登場したことと、災害用の備蓄という観点からも注目を集めたという。

              また、その栄養価としての「DHA」(ドコサヘキサエン酸)や「EPA」(エイコサペンタエン酸)という必須脂肪酸を多く含むサバが健康志向の今の時代にマッチしているという理由もある。

               

              40年前、貧乏大学生だった当時、「鯖缶」は安価なご飯のおかずであり、酒の肴であった。

              その当時は種類は一つしかなかったように記憶している。

              何度も食べて食傷気味になったこともある。

              時代の移り変わりを感じるニュースである。

               

              確かに、今年の鯖は美味しい。脂が乗っており、しばしば夕ごはんの食前に並ぶ。

              缶詰のほかには「ブランド鯖」なるものも登場してきているらしい。

              ブランドというと「関サバ」「松輪サバ」を思い出すがそれ以外にもあるということだろう。

              年齢を重ねるとともに、肉よりは魚という嗜好が強くなってきた。

              何とも食欲を唆られる記事である。

               


              2018.12.06 Thursday

              入管法改正の審議答弁を聞いて

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                JUGEMテーマ:ニュース

                入管法改正案についての国会での審議を抜粋する形ではあるがTBSラジオの人気番組セッション22で今聞いた。

                野党の議員から出された恐るべき事実に慄然とした。

                アジアからの技能実習生がここ3年間で失踪するにとどまらず69名が溺死、病死、自死を遂げているというのだ。

                そして、その死の原因には調査していないので分からない、プライバシーに関わることなので詳らかにしないなど到底人間の命に対して真摯に向き合おうという答弁は聞かれなかった。

                そういう総括なしに改正案の採決など無理という主張には筋が通っている。

                しかも、これらの事案は法務省から提出された資料に基づいているのである。

                午後の質疑で同じ内容を問われた安倍総理は今資料を見たばかりだから分からないとかこの溺死の数字も確かめてみなければ分からないなど、法務省の資料の信憑性を疑うような奇妙な返答までしている。

                しかし、一番問題なのは、山下法相にしても安倍総理にしても、20代から30代という日本では到底考えられない死因で多くの実習生が命を落としていることに対して、何ら人間の情としての弔意を感じないことに尽きる。

                人手不足を充足させるための機械の歯車としてしか外国人労働者を見ていない。

                同じ人間として、その人の中途で消えてしまった人生の悲哀など考えもしない。命は使い捨てではない。

                私は、第一次産業を中心とする人手不足を補うために外国人の労働力を受け入れることは必要であると考える。

                しかし、そのためにはまず今の労働状況をきちんと総括しなければならないのは自明の理である。

                最低賃金以下の給料、過酷な長時間労働。

                プロジェクトチームを作って今からしっかりやりますから法律を通しましょうというのは、日本に来て亡くなった多くの若者の労働者やその家族に対して失礼極まりない話ではないか。

                自分の子供が他国に行って働いて、数年したらその国で自死したとする。プライバシーを守って欲しいので死因の調査は結構ですなどという親がいるだろうか?山下法相の話はもっともらしいが、血の通った人間の答弁とは思えないことが多々ある。嫌悪感を覚えることも多い。

                そういう人間だからこそ53歳という若さで大臣に抜擢なのだとしたら、つくづくこの国は情けない国になったものだと思わざるを得ない。

                国会議員は誰のために働くのか?弱い立場にいる国民のためなのではないのか?

                ため息しか出てこない。草葉の陰で田中正造は泣いているだろう。


                2018.12.05 Wednesday

                ジョブズの美学

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                  JUGEMテーマ:日記・一般

                  「スティーブ・ジョブズ 神の遺言」(経済界新書)を久しぶりに本棚から引っ張り出して読んでいる。

                  プレゼンにしても、カリグラフィーについてもジョブズの考え方には学ぶことは多い。

                  iPODを開発するときに彼が技術者に要求したのは今までの常識を覆すものだった。

                  あるデザイナーが聞いた。

                  「電源を入れたり切ったりするボタンは最低必要ですよね?」

                  ジョブズはこう答えた。

                  「いらないよ。」

                   

                  ジョブズにとってのデザインとはホイールの周囲に「進む」「戻る」「ポーズ」の3つでいいという考えであった。

                  当のデザイナーはびっくり仰天したが、ジョブズは頑なに意見を通し続けた。

                  それこそジョブズの美学である。

                  ジョブズの意を汲み、iPODから電源ボタンを取り払ったジョン・ルビンシュタインは後にこう語った。

                  「こういう分野では往々にして、すぐに電源を入れたり切ったりできる製品が良い製品だみたいな信仰がある。それは間違いだ。電源を操作するより、いつでもそのままの状態で使える方がいいに決まっている。」

                   

                  その結果スリープモードの導入となった。今では当たり前の機能である。

                  そして、iPHONEからはそれまでの携帯電話につきものだったプッシュボタンを取り払った。

                  「タッチ式画面を使ったら、後には戻れない。便利だからさ。」

                  この先見性こそが革新的な製品を生むエネルギーとなった。

                  だから、私はジョブズが好きなのである。

                   


                  2018.12.04 Tuesday

                  白石城死守

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                    JUGEMテーマ:読書

                    講談社の山本周五郎コレクション「白石城死守」を読み終えた。

                    編集後記にも書いてあるが、これは昭和45年に「菊屋敷」というタイトルで講談社から刊行された短編集を再編集したものだ。

                    山本周五郎の作品の大半が現在、新潮文庫から発売されているが、「菊屋敷」という短編集はない。

                    作品のいくつかは他の短編集に含まれている。

                    タイトルにもなっている「菊屋敷」は雑誌掲載ではなく、周五郎の唯一の書き下ろしの中編小説である。

                    ここに収められている作品を書いていたのは昭和15年〜19年であった。この頃の周五郎は、直木賞を受賞した「日本婦道記」シリーズなどを著していた時期であり、充実期でもあった。

                    なるほど、収められている作品はみな読み応えがある。

                    周五郎節とも言える魅力が満載である。

                    個人的には表題作での主人公である志保の芯の強さと同時に奥ゆかしさに惹かれるものがある。

                    また「豪傑ばやり」の馬頭鹿毛之介の飄々かつ凛とした姿にも清々しさを感じる。

                    無名の人物の自分の分をわきまえた一途な姿を描く周五郎の筆致は冴え渡っている。


                    2018.12.04 Tuesday

                    ラジオを聞いて考えたことー発する言葉に謙虚さはあるかー

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                      JUGEMテーマ:日記・一般

                      テレビよりもラジオ派である。

                      ラジコで聞いている。

                       

                      先日も、 NHKのラジオ深夜便を聞いていた。落ち着いた語り口のNHKのベテランアナウンサーがアンカーを務めており、深夜にはふさわしいとは思えない賑やかなチャラチャラした音楽もない、静かな夜更けに聞くにはぴったりの放送番組である。

                      日本の各地からの季節の便りや植物や天体のことなど興味深い話題も多い。

                      ゲストを招いてのワンテーマトークもなかなか味わい深いものがある。

                      その日のテーマは「私の友人」であった。

                      その時のゲストは俳優であり、芸能人夫婦としても有名なW氏であった。

                      何ということもなく聞いていると、段々と不快になっていく自分がいた。

                      自分には有名な芸能人の仲間が多い事や忘年会では50人くらい集まって余興のゲームの景品は自分持ちであるとか、高校時代は生徒会長であったとか、友人は市長をしているとか。要はくだらない自慢のオンパレードなのだ。

                      そういうことを57歳にもなって得意げに、しかも公共の放送を使って喋ることの愚劣さに気づかない。

                      友人によって自分はこういう影響を受けて今日の自分があるという大切なテーマが後回しになっている。

                      すぐにラジオを消した。

                       

                      それに比べて、昨日の文化放送「レコメン」の中のKinKi Kidsのコーナーでの堂本剛の話は心に響くものがあった。

                      今年の年末にある恒例の年越しのライブイベントには出られないという理由を切々と語っていたのだ。

                      「自分は音響障害という障害があるため、大きな会場で響く音が頭の中で反響して自分が何を歌っているのか分らなくなる。そういう状況を理解してほしい。」という内容であった。

                      そして、その障害があるからダメだと思うのではなく、今の自分の置かれた状況の中で、最大限音楽に関われることとは何かを考えながら応援してくれるファンの方のために精一杯のことにトライしていくと結んでいた

                       

                      私はKinKi Kidsのファンではない。しかし、切々と一つ一つの言葉を大切にして語るその言葉に感動した。

                      先に紹介したW氏と彼との違いは、「謙虚さ」に尽きると思う。

                      芸能人の仕事の本質は芝居にしても歌にしても、見に来てくれる客ありきのものであろう。

                      その根底の部分での「謙虚さ」があるかどうかが喋る言葉に表れるのだと思う。

                      私が敬愛してやまない山本周五郎はすべての文学賞を辞退した。なぜなら、最大の評価者は読み手以外ないと考えていたからである。

                      そういう生きる姿勢を学びたい。


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