いきなり、バンド結成!? ジブリメドレーへの挑戦

0

    JUGEMテーマ:日記・一般

    いま、一番読んでいる書籍は「楽譜」である。

    ジブリ集 オカリナ編を購入した。オカリナを購入した意味はC管調の楽器だからである。

    つまりドを押さえればドが鳴る楽器である。

    移調楽器の場合、楽譜を読むためには設定を変える必要があるし、凡人にとってはドはドとして鳴る楽器が最も理解がしやすいからである。

    先日、行きつけの横浜西口の居酒屋でひょんな話から「じゃあバンドやりませんか?」という話になった。

    メンツは私も含めて常連客2名、店長、アルバイトの4名である。

    1人はかの有名なアメリカのバークレー音楽学校にも通っていたという凄腕で、今は老舗の和菓子屋の副社長である。

    その人がピアノを担当し、店長はドラム、バイトはベース、そして自分は電子楽器EWIである。

    技術的に一番未熟なのは自分なので、曲は提案させてもらった。

    ジブリメドレーである。

    「カントリーロード」から始まり、その曲間に「ねこバス」を挟み、「マルコとジーナのテーマ(紅の豚」)で締めくくるというものである。

    全員の同意はまだ得られていないが、ともかくもいきなりバンド活動が開始されることになった!?

    昨日今日と練習三昧であるが、なかなか運指がうまくいかない。

    ねこバスはかなりテンポが早いので大苦戦を強いられている。

    それでも少しずつでも指が動いてメロディが奏でられるというのはとても気持ちの良いものである。

    さっきは「君をのせて」にもトライしてみた。

    この曲の難解なところは低いドとレのシャープの運指である。

    吹ける人から見ればくだらないと一笑されてしまうだろうが、現実は厳しい。

    この3連休はひたすら練習あるのみである。

    そして、一息つきたい時に「鬼平犯科帳」を読んでいる。


    EWI5000 吹きたい思いと吹ける技量との大きな差

    0

      JUGEMテーマ:日記・一般

      EWI練習2日目の模様である。

      この度の練習で痛感したことは楽譜を読むことをおろそかにしてはいけないということである。

      リコーダー練習の際には楽譜など無視して、メロディーを覚え「感覚的に」吹いていたのであるが、それは全く通用しないことが分かった。

      暗譜という作業は地道に楽譜を読んでふきこなした人の努力の到達点であり、不器用で極めて凡人の私が適当な運指で凌げるものでないことを実感している。

      昨日も記したが、オクターブの上げ下げが苦労の為所でなかなかコントロールキーの操作に慣れない。

      2日で一曲を通して吹けるなどムシの良い話であることは分かってはいたものの数時間練習しても遅々として上達しないという現状である。

      若い人などはそれこそ、スマホなどを直感的に操作できる人は運指もコントロールキーの操作も案外簡単にできるのかもしれないが、やはり加齢による指遣いの遅さは悲しいほどである。

      ただ、どこかの演奏会に出るとか、発表する機会があるわけではないので、気楽に取り組んでいけたらと思う。

      自分は自分の吹きたい曲があるから購入したのであり、今のところ難易度の高いジャズなどは考えていない。

      吹きたいという気持ちと吹けるという現実の技量には大きな差がある。ネット上での体験記を読むと、そこのところで挫折し箪笥の肥やしになってますなどという方も多くいるようだ。

      だが、EWIは私のような初心者にも優しい楽器であることは間違いない。

      手元に届いた直後に音が出る快感はとても魅力的である。

      自分好みの音色を選ぶことができるのも素直に楽しい。

      ゆずの「栄光への架け橋」をマスターするのが今の大きな目標である。


      電子楽器 カワイEWI5000にトライ!!

      0

        JUGEMテーマ:音楽

        自分にとっての「趣味」の中で一番好きなことは「読書」ということは今後も揺るぎないものであるが、今は少し本に親しむ時間が減る状況である。

        仕事が忙しいからではなく、病気というわけでもない。

        楽器の練習に多くの時間を割くためである。

        小学生の時に購入したリコーダー以来、初めて自分で楽器を購入した。

        カワイの電子楽器「EWI5000」である。

        運指はリコーダーと同じ、楽しめる音色は100曲。

        それ以上に魅力的なのはヘッドフォンに繋げば、真夜中だろうが家族や近所を気にすることなくいつでも好きな時に練習ができる点にある。

        昨日、早速届いたので練習を開始した。

        使用する楽譜は無料のサンプル掲載されているリコーダー用のものである。

        まだ1日しか経っていないが、ジブリの「カントリーロード」「もののけ姫」、ゆずの「栄光の旅路」などたどたどしいながらも吹けるようになってきた。

        難しいのはオクターブコントローラーの使い方とシャープの運指である。

        とにかく練習あるのみである。

        今までは音楽は聴いて楽しむものであったが、自分が演奏することがこんなに楽しいものなのかということを体感している。

        お気に入りの音色は「フレンチホルン」である。

        音が跳ね上がることなく落ち着いて胸に染み込んでくる味わいが何とも素晴らしい。

        また新しい趣味が加わった。新鮮な喜びを感じている。


        鬼平犯科帳シリーズ 10巻以降の円熟味を味わう 

        0

          JUGEMテーマ:読書

          昔、立ち飲み屋で池波正太郎の「鬼平犯科帳」を読みながら一杯やるのが至福の時と語っていた先輩がいた。

          今から15年くらい前であろうか。

          その頃は、時代歴史小説に目覚めていない頃で、もっぱら和洋問わずミステリーばかり読んでいたので、全くその良さが理解できずにいた。

          しかし、今その「鬼平犯科帳」にはまっている。

          実は数年前にも少しだけはまっていた時期があったのだが、筋立てが盗賊を捕らえることという点で、やや単調さを感じたのと「鬼平」こと長谷川平蔵をはじめ周りの同心や物語において重要な働きをなす密偵たちの人物造形がまだ確定していなかった感があり、読みやすく面白いことは認めるものの自然に遠ざける事になっていた。

          鬼平犯科帳シリーズは全部で24冊であるのだが、先日たまたま何気なく未読の9巻あたりからまた読み始めてみると、これが実に味わい深いのである。人気シリーズとして定着し円熟味が増してきた感じで、単調さは感じなくなり、一人一人の登場人物の描写が生き生きとしてきた印象を受けた。

          個人的には11巻が大好きである。「土蜘蛛の金五郎」「泣き味噌屋」「穴」「毒」など、バラエティ豊かな題材をとっており楽しめた。

          読者の好みに応えるエンターテイメント性が十二分に発揮された名作である。

          特に、「土蜘蛛の金五郎」では「長谷川平蔵が長谷川平蔵を闇討ちしようとは思わなんだ。」と語らせるなど凝った筋立てになっている。

          あっという間に連続して7冊を読破した。かつての先輩の言葉の意味がよくわかるこの頃である。

          また、魅力としては美食家としても知られた池波正太郎らしく、江戸時代の美味しい小料理が毎回登場することでもある。

          田楽、鱸の塩焼き、兎汁、軍鶏鍋などなど。ついつい日本酒を飲みたくなってしまう小説でもある。

           


          一気読み確実!!「ドキュメント 宇宙飛行士選抜試験」

          0

            JUGEMテーマ:読書

            今日から新しい月9月のスタートである。

            8月は読んだ本の冊数が久々に2桁になり、計19冊となった。

            充実した読書月間となった。

            その中でも最後を飾った「ドキュメント 宇宙飛行士選抜試験」(光文社新書)は頗る面白かった。

            1ページ1ページが知らなかったことの連続で、知的好奇心をそそられた。

            2008年2月、日本で10年ぶりとなる宇宙飛行士の募集がJAXAによって発表された。

            応募総数過去最多の963名。そのうちの10名が最終選考に臨んだ。

            その選抜試験の様子を克明に描いたドキュメントである。

            この時点での我が国での宇宙飛行士の数、わずか8名。つまり1600万人に1人という確率なのである。

             

            この試験の選考委員長を務めた長谷川義幸氏の言葉が端的に宇宙飛行士の職業とは何かを物語っている。

            「なぜ、宇宙飛行士になりたいのですか?」と問うた時、ある研究職の応募者はこう答えた。

            研究者としてのバックグランドを生かして、画期的な科学実験を提案したい。

            それに対して長谷川氏はこう問い返す。

            「宇宙飛行士は学者ではなく、技術者です。宇宙飛行士が、自ら提案した実験を宇宙でできると思っているようですが、宇宙飛行士なんて、つまるところ実験装置のボタンを押すことしかできないのです。ですから、あなたが生き甲斐としてきた論文などは、絶対に書けなくなると思った方がいい。宇宙飛行士になれば、研究は一切できなくなるし、あなたの功績を証明するような論文も一切書けません。今まで培ってきたキャリアや価値観を捨てることになるのですが、あなたは未練なくやっていけますか?」

             

            つまり「憧れ」だけで務まる仕事ではないし、給料も多くはない。家族にも負担をかけ、その任務は死と隣り合わせ。

            そういう仕事に賭ける「覚悟」を問いただすのである。

             

            最終的に候補者が決定した時に、日本人女性初の宇宙飛行士となった向井千秋氏の言葉が強く心に残った。

            宇宙飛行士になるための資質は全ての試される試験において60点以上を取る能力であり、スーパーマンは必要ない。」

            そうは言いつつも、選ばれた方々の姿をこの本を通して見ていると、やはり私の目からすればスーパーマンに見えてしまうのが偽らざるところではある。

             

            最後に、一番驚いたことは宇宙船内の無重力空間の中にいると、体内のカルシウムが溶け出し、なんと骨粗鬆症患者の10倍のスピードで骨がもろくなるという事実であった。この一点だけとってしても凄まじいとしか言いようがない。

            とにかく、一気読み確実の感動ドキュメントである。

             


            ポーツマスの旗ー外相 小村寿太郎ー 吉村昭の見事な筆が冴える一冊

            0

              JUGEMテーマ:読書

              久しぶりに吉村昭の作品を読んだ。

              「ポーツマスの旗ー外相 小村寿太郎」(新潮文庫)である。

              日露戦争については司馬遼太郎の名作「坂の上の雲」で旅順攻略や日本海海戦について詳しく知ることができ、陸軍の児玉源太郎及び海軍の東郷平八郎の活躍に胸躍らせたものである。だが、その後の戦後処理とも言える講和条約にはさほど目を向けることはなかった。

              しかし、今回その講和条約の一部始終とも言える様子を読み進めていく上で、全権を担った小村寿太郎が締結にこぎつけるまで命を賭けた鬼気迫るほどの思いが伝わってきた。

              吉村昭は評論家をして、「彼ほど史実に忠実に描いた作家はいないし、今後も現れない」と言われるほど、資料文献や証言をつぶさに調べ尽くし、あたかもドキュメントとも言える手法でその歴史時代文学を確立した作家である。

              今までにも、このブログで記してきたことだが、読まず嫌いだった歴史時代小説というジャンルに誘ってくれたのは吉村昭の「長英逃亡」という作品であった。

              主人公の内面の吐露を排除した極めてストイックな筆致に惹きつけられ、スリルとサスペンスを味わいながら一気に読み通した記憶が鮮明に蘇る。

              この「ポーツマスの旗」もその特徴が十分に生かされている。日本側が提出した条約の項目を一つずつの諾否を吟味していく日本とロシアのやり取りは緊張感に満ち、フィクションのミステリーをはるかに凌ぐ面白さである。

              そして、締結後の日本において小村を待っていたものは東京騒乱ともいえるほどの非難、誹謗中傷の嵐であり、小村の官邸にまで暴徒は押し寄せ火を放ち、妻の梅子は精神錯乱にまで陥る。

              小村寿太郎も常に命を狙われるほどで、身も心も擦り減らす様子に痛ましささえ感じてしまった。人生において家庭の温もりに一切恵まれなかったひとである。神奈川県の葉山の質素な邸で息を引き取る場面。よだれを垂れ流し、痴呆のように老いさらばえたその姿に思わず心は打ち震えた。

              思えば、講和条約において彼が絶対に譲れないと主張した韓国の安定化につながる日本の統制が、現在の韓国との大きな緊張関係につながるもとになったのだなと思い至った。しかし、そうしなければ韓国(朝鮮)や清国はおそらくロシアをはじめ列強諸国の脅威に屈し、相当ひどい痛手を被っていただろうと想像することは難くない。

              「私が病躯を押して帰国を急いだのは、満州、韓国問題を解決したかったからだ。横浜上陸後、殺されるようなことがあるかも知れないが、この意見書は必ず政府に渡すのだ。」

              吉村昭の見事な腕が冴える一冊である。

               


              雪の上の霜 三沢伊兵衛とおたよの物語ふたたび

              0

                JUGEMテーマ:読書

                久しぶりに月間10冊以上読破する勢いである。

                まさに人生においての何度目かの活字中毒症状を呈している。本当に、読書することが楽しくて仕方ない。

                最近では山本周五郎の短編集「人情裏長屋」「やぶからし」(新潮文庫)を立て続けに読了した。

                どちらも短編集としては平均的な内容であるが、嬉しかったのは「人情裏長屋」の中の一編にあの「雨あがる」でお馴染みの三沢伊兵衛とおたよの物語が収めれれていたことである。

                「雪の上の霜」である。

                学問、武芸に秀でていながらも、自分のことより他人を優先する謙譲さが染み付いてしまっているため、出世がままならない三沢伊兵衛。その伊兵衛が巻き起こす爽快な物語の続編である。

                 

                「人間が生活していくためには、大なり小なり他人を押しのけなくてはならない。伊兵衛にはそれができなかった。眼に見えなければいいけれど、少しでも、自分が誰かを押しのけ、誰かの邪魔になっている、ということがわかると、決してその席にとどまることができない。相手が気の毒になり済まなくなって、自分から身を引いてしまうのであった。

                ー良人には出世はできない。良人の性質が変わらない限り、決して栄達は望めない。

                おたよはこう信ずるようになった。

                ーけれども夫は、いつも誰かを幸福にしている、当然自分が占めるべき席、当然、自分が取って良い物、それらをいつも他に譲ってしまう・・・・これで良いのだ。良人には稀な能力がある、しかもその能力で。いつも誰かに幸福を分けている、これで良いのだ。」

                 

                一方でそう思う健気な妻おたよのために何とか幸福を与えたいと悩む伊兵衛の姿に深く共感するのだ。

                そして、今回もまた。

                果たして伊兵衛の溢れる正義感は「雪の上の霜」と揶揄される徒労なのか?

                今回は、伊兵衛のあまりの人の良さゆえ、女性の問題も絡むなどという展開となり物語に興趣を添えている。


                司馬遼太郎の長編、山本周五郎の短編 人生における宝物

                0

                  JUGEMテーマ:読書

                  8月に入り、ずっと司馬遼太郎を読んでいる。

                  大長編の「城塞」を読み終えて感じたことがある。

                  それは「インテンポ」ということである。

                   

                  「インテンポ」とは音楽用語で、指揮者が楽譜通りに的確に音符を刻むことを指している。

                  オーケストラをドライブさせるというよりは、作曲者の思いが込められた楽譜を忠実に再現するタイプである。

                  晩年のバーンスタインなどは指揮を振る自分自身が作品に没入し、他の指揮者ではありえないほど極端にテンポを落とすなどある意味鼻につく演奏が多くなった。

                  司馬遼太郎はそうではなくカール・ベームのように、歌よりもテンポを刻むことを最優先するので、物語の流れが淀むことなく一定のリズムで堂々と進行していくという風格を感じるのである。

                  一方で、登場人物の精神的な内面の掘り下げが浅いという指摘がある。人物の最期の場面においても、あくまでも淡々と粛々と言葉少なに描写するという印象が強い。

                  そして、最大の特徴である、「余談ではあるが」という筆者特有のドライなユーモアやウィットに包まれた語り口で物語から脱線しながらも物語を紡いでいくのである。言い換えれば、情緒を極力排した語り口である。

                  それが読者によっては物足りなさになったり、私のように良さと捉えたりと意見が分かれるのであろう。

                  しかし、情緒に偏りすぎない語り口だからこそ、長尺とも言える作品を飽くことなく読ませられるのだと思う。

                   

                  ただ、今短編全集を読み始めたのだが、やはり短編では司馬遼太郎の語り口の魅力が十分に発揮しきれていない作品も多いように感じた。その点、やはり山本周五郎は短編においてこそ、その魅力を最大限発揮する天才であることを確信した。

                  人間の悲しさや苦しさ、喜びを短い物語中に凝縮し、読み終えた後で何やら人間であることに「希望」を見出させる作品が多い。その典型が「雨あがる」のラストの描写である。

                  「ねえ、元気を出してください。元気になりましょう。」

                   

                  司馬遼太郎の長編、そして山本周五郎の短編。この膨大な作品群に出会えたことは生きる宝である。


                  現在の日韓関係に思う 第14代沈寿官氏の言葉

                  0

                    JUGEMテーマ:ニュース

                    JUGEMテーマ:読書

                    日本と韓国の関係が危機的な状況である。

                    それにしても、韓国の文大統領及び反日を声高に叫ぶ与野党の議員をはじめ不買運動や過激なデモに走る人々を見るとがっかりさせられる。

                    昨日、広島で安倍総理が記者からの質問に答え、「大切なことは信頼であり、国と国との約束をしっかり守ってほしい。」ということを述べていたが、全くその通りである。

                    司馬遼太郎の短編に「故郷忘れじがたく候」がある。

                    秀吉の朝鮮の陣が彼の死で一変した。朝鮮の総攻撃の中、辛くも船で脱出を図った薩摩島津氏。

                    その船の中に忘れられたように置き去りにされた朝鮮の陶工たちの家族。流れ着いたのは、薩摩国の東シナ西海岸。

                    生きる希望を失いかけた彼らは、仕方なく小屋掛をし、次にしたことは陶磁を作るための窯作りである。

                    藩主、島津義弘は彼らに手厚い処置を施した。苗代川に土地と屋敷を与え、扶持も与え、武士同様に礼遇したのである。

                    そして、彼らの活発な作陶活動が始まった。

                    門外不出の白薩摩などは、世界の陶芸の中でもこれほど精緻なものはなしと言われるようになった。

                    作者は沈寿官であり、後継者は何代目沈寿官としてその技を継承している。

                    明治期のオーストリアでの万国博覧会でも薩摩焼の大花瓶が出品され、欧州の人々の目を惹きつけた。

                    14代目沈寿官氏が渡韓した折に、ソウル大学で講演会を開いた。そして、講演の最後にこう述べた。

                    「私には韓国の学生諸君への希望がある。韓国に来て、様々の若い人に会ったが、若い人のたれもが口を揃えて36年間の日本の圧制について語った。もっともであり、その通りではあるが、それを言い過ぎることは若い韓国にとってどうであろう。言うことはよくても、いい過ぎるとなると、その時の心情は既に後ろ向きである。新しい国家は前へ前へと進まなければならないというのに、この心情はどうであろう。」

                     

                    この言葉に尽きると思う。文大統領はじめ韓国国民はこの沈寿館氏の言葉を深く噛み締めてほしい。切にそう願う。

                     

                    「あなた方が36年をいうなら」

                    「私は370年を言わねばならない」


                    安定の音楽 ハイドンを久々に聴く

                    0

                      JUGEMテーマ:音楽

                      ベートーヴェンの師匠はハイドンである。

                      俗に、わが国では「交響曲の父」「弦楽四重奏曲の父」などという言われ方をする。

                      ベートーヴェンが私淑した時にはハイドンは既に60歳という老齢であったため、ベートーヴェンは師だとは認めながらも「教わったことなど一つもない」と厳しい言葉を残している。

                      だが、ベートーヴェンの不滅の交響曲の1番を聴くにつれ、やはりハイドンの薫りというものを十分に感じ取ることができる。

                      実は、自分が最初の鬱病発症で苦しんでいる時期に、クラシックの扉を開けてくれたのはベートーヴェンであるが、その楽しみを最初に味わわせてくれたのはハイドンである。

                      私にとってハイドンの108曲の交響曲全集は宝物の一つであり、時々、思い出すように耳を傾けている。

                      以前、ハイドンの交響曲は精神安定剤ということをこのブログで記したことがあるが、今もその感想は変わらない。

                      最近、聴いているのは後期の90番代の無題の交響曲である。

                      モダンオーケストラでは最近ほとんどと言って良いほど、ハイドンの交響曲は取り上げられないが、私は大好きである。

                      一番の良さは良い意味でも悪い意味でも裏切られるということがないからである。

                      安定の音楽である。

                      心が不安定だなとか、何となく冴えないなとか、メランコリックな気分の時に聴くには最適の旋律がある。

                       

                      しかし、ハイドンに関する書籍がほとんど図書館にもないのは嘆かわしい。

                      ベートーヴェンの書籍の中にもその記述はわずかである。

                      もう少し、評価されてもいい偉大な作曲家であると個人的に思う。


                      calendar
                      1234567
                      891011121314
                      15161718192021
                      22232425262728
                      2930     
                      << September 2019 >>
                      selected entries
                      categories
                      archives
                      recent comment
                      recent trackback
                      links
                      profile
                      search this site.
                      others
                      mobile
                      qrcode
                      powered
                      無料ブログ作成サービス JUGEM